3話 親子の対面
はっきり言えば実家に顔を見せに行くつもりはさらさらなかった
父であるサランド公エジムンドの悪評は遠い異国の地でもよく聞こえてきた。
あまりにも戦役で大活躍するケンヴィードを自分の地位と権威を高めるためにさらに利用し、よくわからない尾ひれを付けて息子の英雄譚をとてつもなく話を盛りまくって自慢して回っているのは呆れた話だ
その割にはケンヴィードを早く前線から引かせ帝都に召還させたのも父の仕業。
父の中では活躍しただけ活躍したのだから後は自分の手元においてとことん『英雄』を火の血のために利用し続ける――そんなところだろう
故に凱旋の行事が忙しいと理由をつけて実家である火蜥蜴御殿にあまり立ち寄りたくはなかったのだが――
そういうわけにはいかないのが選帝侯家という超名門に生まれた宿命ってやつなのだろう。
ケンヴィードはほぼ1年ぶりに実家の食卓に座っていた
長いダイニングテーブルのその先には一人の初老の魔血貴族の男――サランド公爵エジムンド・ゼファー・ティアマートだった。
「やれやれ、せっかく英雄になって帰ってきたというのに、大した歓迎を拒否するとはな」
エジムンドは一言そういうとワイングラスに口をつけた
その言葉にケンヴィードはステーキを切るナイフを止めることなく淡々と受け答えた
「俺があまり華やかなことが嫌いなのは父上が一番お知りではないですか?」
「そうだとしてもお前もせっかく名が売れたのだ。もう少し自分の影響力を考えてほしいものだ」
「そうですよ。ケンヴィードさん。名前を売ることは私達にとっては恥ではなく誉なのですよ」
そう言ったのはエジムンドの隣りに座った美しい貴婦人。ケンヴィードの母レベッカ。
否、正しくは義理の母。レベッカはエジムンドの後妻。ケンヴィードの本当の母親は彼が幼い頃病で亡くなっていた。
「名前を売るってそんな大切なことですかね」
ケンヴィードはそんな彼らに目を合わせないように一言言った
「お前は相変わらず捻くれておるなあ」
エジムンドは呆れたようにそう言った。
「いいか、我々はそこらへんのどこの馬の骨とも知らない魔血ではないのだ。我がティアマート家はかつての火の国の王家の直系の家系。選帝侯家の嫡子が戦争の英雄とならばこちらも盛大な凱旋パーティを行うのが我々の筋だろう」
その一言を聞いてケンヴィードは深いため息をついた
想像通りの反応ではあるが、どうもこうして自分を利用するだけ利用するのだろう。
口を開けば火の血のためだのティアマート家のためだの決まった言葉しか出てこない。
それが無性に腹が立ってケンヴィードはそれを飲み込むようにワインをあおった。
「ところで、ケンヴィード」
父エジムンドは一つ間をおいて一言ケンヴィードに聞いた
「お前、そろそろ結婚したらどうだ?」
「はあ?」
予想もしないその言葉にケンヴィードは思わず間抜けな声を上げた
「お前も22歳になるのだろう?良家の御曹司ならばもうそろそろ身を固める頃だと思うが?」
その言葉にケンヴィードは口を治すようにナプキンで口を拭く
そして明らかに怪訝な顔をしてエジムンドを見た
「父上、俺はまだ軍でやり残したことがあるんだ。いつ命を落とすかわからない身の上なのに身を固めるなんて…」
「じゃあ、もう退官すればいいじゃないか」
「勝手なことを言わないでください」
ケンヴィードはぴしゃりとそう言い放つ
だが間髪入れず義母のレベッカがニコニコと上辺だけの笑みを浮かべケンヴィードに言葉をかけた。
「ケンヴィードさん。先の戦の活躍のおかげであなたにものすごく縁談が押し寄せてるの。後世名を残す英雄に娘を嫁がせる千載一遇のチャンスなんだからみんな必死なのかしらねえ」
そう言うとレベッカは檜扇を広げるとくすくすと笑った。
「でもね、あなたにその気がないとはいえこのまま縁談を宙に浮かすのはティアマート家としてはあまり宜しくないのよ。だからね…近々私達がセッティングするお見合いには必ず顔を出してほしいのよ」
レベッカのその言葉にケンヴィードは深い訳を察する事ができた。
ケンヴィードは固い表情でレベッカを見ると一言言った
「なにか裏でもあるんだろう?」
その一言にレベッカは檜扇越しに笑った
「あら、なら100は超えるくらいの縁談相手と顔を合わせできる?それなら一人だけで済むほうが合理的なあなたなら悪い条件じゃないと思うけど?」
その言葉にケンヴィードは思わず声をつまらせる。
家の体面という側面もあるのかもしれないが、そのために100人以上の娘と面通しはケンヴィードにとってはただの懲罰だ。
絶対裏があるのはわかってはいるが、レベッカのたった1つのお見合いをこなす方がどう見ても楽だった。
「わかったよ。お見合いするよ…」
ケンヴィードは悔しげに一言そう言った。
不本意な条件であるからただ悔しい苦さだけが口に残った
「あらじゃあ、決まりね」
レベッカは一言そういうと檜扇をぱちんと閉じた
「じゃあ、エジムンドさん風の血の名家のラングース家との縁談勧めても構いませんね」
「ああ、これで我が火の血はさらに高く燃え上がる…」
両親はそう言うと楽しそうに笑い声を上げる
そんな彼らを冷めた目でケンヴィードは見るとゆっくりと椅子から上った。
「おや、ケンヴィード。もう食べないのか?」
「ええ、もうお腹いっぱいです」
お腹いっぱい――その言葉には別の側面もある。もちろん父と義母の強欲な体面と権力欲だ。
「――少し体を動かしてきます」
そう言うとケンヴィードはゆっくりと食堂を出ていった。
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