2章 運命の人

1話 帝国の英雄

 後の世にウィーガル高原の戦いと呼ばれたその戦いはその勝利をきっかけに形勢は一気に帝国側へと流れが呼び込まれた。

 夜美ノ国側は30そこそこの精鋭に一気に突き崩され、それが帝国側の反転攻勢を生んだ。

 しばらくした後、魔法帝国と夜美ノ国は休戦協定を結ぶことになる

 ウィーガル高原の戦いの勝利が大きく作用して魔法帝国にとって有利な協定だった

 そして、この戦いにおいて最も戦功を上げたのが他でもないケンヴィードだった。

 その日を境にケンヴィードは文字通り英雄になった。

 紅蓮に燃える2対の魔剣を振るい敵を薙ぎ払うその姿は大いに味方を奮い立たせ大いに敵を怯えさせた。

 次第にその人気も帝国各地へと行き渡り付いた通り名は『烈火の剣聖』

 もはやこの停戦協定の立役者として大陸中にその名は知れ渡った。

 そんな中、ケンヴィードは帝都アルデオへの召還命令が出された

 本当ならもっと戦地に赴いて役目を果たしたいとは思ってはいたが、そうは問屋が卸さないって訳で帝国の英雄の帰還を全国民が待っている──と言う筋書きだろう。

 ケンヴィードはあまり気乗りしなかったが命令となれば仕方がない。

 凱旋と呼ばれる行事は嵐のように過ぎていった。

 とにかく行くところ行くところ老若男女全てで大歓迎。

 これが帝国の英雄になったということなのかと否が応でも思い知らされる日々だったが、ケンヴィード自身には周囲の浮かれ具合に違和感を感じる日々でもあった。

 毎日のように続く凱旋の行事に嫌気が差し、若い女子たちにチヤホヤされるのが鬱陶しく感じていた頃――

 ケンヴィードは今日もまた魔法騎士団の本部の前に出待ちしているたくさんの婦女子たちを二階から冷めた目で眺めていた。

 帝国の英雄になってしまってからこの状況は日常茶飯事だった。

 他の同僚からはモテて羨ましいとは言われるが、はっきり言ってケンヴィード自身にとっては迷惑極まりない状況だった。

 ケンヴィードはそんな自分の出待ちの婦女子たちを眺めながら深いため息をついた。

「おやおや…今日も色男は憂鬱な顔をしてるな」

 まるで誂うようなカートスのその言葉を聞いてもケンヴィードは振り返ることもせずに一言釘を差した

「いくらシヴァルナ大佐でもからかいすぎるとその減らず口叩き斬るぞ」

「私にそんな口が聞けるのはお前だけだな…」

 カートスはそういうと軽く笑い声を上げ、窓から外の様子を見た。

「ケンヴィード、お前好きな女はいるのか?」

「はあ?」

 その一言にケンヴィードは明らかに不快な表情を浮かべた

「今のお前だとどんな女だってイチコロだろう?なんせ帝国の英雄なのだから…」

 その言葉にケンヴィードは不満げな表情を浮かべ言った

「こういうのを期待して英雄になったつもりはない」

 そう言うとケンヴィードは窓からゆっくりと離れながら言葉を続けた。

「それに、俺はどうせ自由な恋愛はできないだろう。それくらいお前でもわかるだろうが」

 自由な恋愛はできない。ケンヴィードがそう言った言葉の根拠は誰の目にも明らかだった

 ケンヴィードは魔法帝国の中でも名門中の名門、火の選帝侯サランド公爵家の嫡子。

 故に自分の将来がどうなるかも重々わかっているようであった。

「お前、縁談とかもう来てるのか?」

 カートスのその一言にケンヴィードはため息で返した。

「親父が一連の行事が終わったら屋敷に帰れってうるさいんだよ」

 おそらく父は自分を利用したくてしかたないのだろう――ケンヴィードはそう思うと憂鬱しか感じられなかった

 ケンヴィードの父、サランド公爵エジムンド・ゼファー・ティアマートは何かとつけてケンヴィードを束縛したがるように思えた

 おそらく自分をわざわざ帝都に召還したのもエーデルガルトの手心があったからだろうとケンヴィードは悟っていた

 だから、実家である火蜥蜴御殿ティアマート邸に今まで一度も帰ろうとは思わなかったのだ。

「まあサランド公もお前のことが心配なのだろう。自慢の一人息子なのだからなあ」

 カートスのその一言にケンヴィードは呆れたように笑った。

「自慢の問題児の間違いじゃないか?」

「まあそう言うな」

 カートスはそう言うとケンヴィードの肩をたたいた。

「久しぶりなのだから積もる話もあるのだろう。サランド公に顔を見せに実家に行け」

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