3話 そして烈火の剣聖は生まれた

 不気味に静まり返る草原に冷たい風が吹き抜ける

 黒毛の愛馬に跨ったケンヴィードははるか崖下の様子を淡々と眺める

 眼下に広がるのはまるでうごめく虫のように敷き詰められた敵の陣形。

 その数は明らかにこちらの倍以上はくだっている。

 そんな万を超える敵兵を前に奇襲部隊は30人そこそこ――

 一見明らかに無謀な作戦にしか見えないであろうがケンヴィードの目には勝機を見出しているようだった。

「どうだい?ティアマート少尉。恐れをなして帰るなら今だけど」

 その横に灰毛の馬をつけたカートスは笑みを浮かべながら一言そういった

 その得意げな顔をケンヴィードはジロッと睨んだ

「誂うなカートス。俺が怖気づいてるなんて心にも思ってないくせに」

「あはは、すまない。ちょっとからかってみただけだよ」

 そんな緊張感のないカートスの笑顔を見てケンヴィードはすこし苛ついたようにため息を付いた

「なあ、カートス。お前、なんであの評定で俺の作戦を推したんだ?」

 その一言にカートスは単刀直入に言った。

「なんでって?そりゃ君を英雄にするためさ」

「はあ?」

 その一言にケンヴィードは呆気にとられた。

「それ以外にも理由はたくさんある。このまま帝国軍が攻めていてもジリ貧なのは君の指摘通りだし、手っ取り早く頭を叩くには理にあってる。ただ君の作戦はちょっと無謀すぎる気はするけどね」

「…じゃあなんでお前はこの話に乗った?」

ケンヴィードのその質問にカートスは一言いった

「君の実力を認めているからだよ」

 そういうとカートスは眼下にうごめく敵陣を見つめて言った。

「君ならこの閉塞感から突破できる力がある。私はそう信じているよ」

その一言にケンヴィードは呆れたように一つため息をついた

「買いかぶりすぎてないか?」

「君こそ満更でもないんだろ?」

ケンヴィードはその問いに何も言わずカートスから背を向けた。

そして彼から表情を読まれないように一言呟くように言った

「だが、あそこで俺の作戦を推してくれて感謝してる」

そんな彼を見てカートスはニヤッと笑うとそのまま彼の横に馬を進めた。

「それで、どう攻めるつもりかな?ティアマート少尉?」

その言葉にケンヴィードは鋭い眼光で眼下の大群を見据え言った。

「例え分厚い外殻であろうとも危機が迫れば相手も攻撃に転ずるものだろう。つまりその一瞬の攻撃を徹底的に叩く。そうすれどんな少数でも崩すことは容易いことだ」

「ほほう…つまり最初は外郭をなす部分を叩けばいいのだな」

そう言うとカートスはその身に紫色の雷光を発した

「その役は私が務めよう。君はそのまま内部を切り裂くがいい」

そんなカートスを見てケンヴィードは振り返ることなく小さく笑った。

そして、そのまま崖へと歩みを寄せるとその右手に灼熱の刃を顕現させた。

「ゆくぞ!この一撃でこの戦争を変えてみせる!」

ケンヴィードがそう言った瞬間、馬の鐙を蹴り敵が陣ずる崖下へと次々と駆け下りていった

急降下で崖下へと駆け下りていく小隊。その中カートスが放った紫の稲妻が真下の敵陣を切り裂いていく。

徐々にパニックに陥る敵陣。それを冷静に見つめながらケンヴィードはその右手の灼熱の刃を翻した。

サラマンダーテイル――サランド公爵家ティアマート家の嫡子のみに受け継がれる宝剣はその瞬間光り輝き狂おしいほどの熱を圧で敵陣の一部をえぐり取っていた。

そのまま一気に崖下へとたどり着くと、その場は一瞬で乱戦へと陥った。

その最中、ケンヴィードはほんの一瞬の異変を感じた。

混乱し勇む陣営の中、一際冷たく射抜くような視線。

夜美ノ国の軍勢の中で最も警戒すべき銃だ――

次の瞬間、ケンヴィードは乗っていた馬から飛び降りた。

そしてそれと同時にケンヴィードは左の手を翻した

乾いた銃声が響き渡る。

次の瞬間、狙撃兵は一瞬で消し炭と化した

すっと地面に降りたケンヴィードの左手にはまた別の魔剣が握られていた。

レーヴァテイン――一節には魔神をねじ伏せ手に入れたと軍部で囁かれてる未確認の神器級魔剣。

ただでさえ扱うのに膨大な魔力と精神力を求められる神器級魔剣を彼は二本同時に手足のように扱う、双剣の魔法剣士――それがケンヴィード・ゼファー・ティアマート

渦を巻いた熱風が暴風となり吹き荒れる

双剣を振り上げたケンヴィードはもはや誰にも止められない状態だった

襲いかかる敵兵は為す術もなく灼熱の斬撃に消え失せていく。

だがこれくらいで勝ったとはケンヴィードは思いもしてはなかった。

どんなに雑兵を葬ったからといって作戦がうまく言っているとはいえない。

もっと奥に、もっと深い傷をこの敵陣に与えないとこの作戦はうまくいくはずがないのだ。

ケンヴィードが狙うのは唯一つ。相手に決定的な致命傷を与える決定機。

相手の将軍の首を取ること。それだけだった。

「おいこら!このままだともっと人が死ぬぞ!」

ケンヴィードは2対の魔剣を翻しながら一言虚空をにらみ叫んだ。

「もっと強いヤツはいないのか!いるなら俺と勝負しろ!」

そう言いながらケンヴィードは炎で空気を薙ぐ。

その圧でジリジリと後退する敵勢。

だがその中、彼の目の前にゆっくりと立ち塞がる人物が現れる

綺羅びやかな鎧に黒光りする刀を携えた――待ちに待った敵将格の相手だった

「将軍!危ないです」

敵軍勢はあきらかに彼を前線にだすのは危ないと思ったのか静止しようとしたが敵の将軍はそんな部下たちを手のひらだけで静止した

その様子を見た瞬間、ケンヴィードはあろうことか両手に持った炎の刃をかき消した

「なぜだ?」

敵将はその様子を見て明らかに怪訝な表情を浮かべた

「まさか丸腰で私と戦う気か?」

その一言を聞いてケンヴィードは自身に満ちた笑みを浮かべた

「いいえ、俺はハンデっていうのが嫌いなので同じラインでスタートしたいだけだ」

その一言は明らかに奇っ怪な言葉に聞こえ、敵兵からはせせら笑う声が聞こえた

だが、そんな中敵将だけはその言葉に真意を知ったように一言ケンヴィードに聞いた。

「お前、本当にそれでいいのか?」

その問いにケンヴィードはひとつ東方風の礼をして言った

「剣を貸してほしい。それが貴殿に対する最大限の礼だ」

その一言に敵将は部下に手を出し、彼の望む通りにしろと命令する

敵兵たちにはこの魔血の若い将校の要求は異常で奇異にしか見えないだろう。

なぜ魔法というアドバンテージを捨ててまでこちらに有利な純粋な剣術対決で挑もうとしているのか

理解できてない敵兵のほうが多いに決まってる。

だが彼は勝負を捨てたわけでもなんでもない。

そんな表情が敵将には気になって仕様がなかった。

敵勢から一振りの刀を投げられると、ケンヴィードはゆっくりとそれを拾った

そして慣れた手付きで刀を振りかざすと、落ち着いた表情で刀を構えた。

ジリジリと間合いをつめる敵将。その表情に余裕はあまりないように見えた。

一瞬冷たい風がふいた次の瞬間、黒い刃と白い刃は交わった

敵兵たちから思わずため息がもれる。

それくらい二人の剣戟は洗練されていた

まるで示し合わせたように交わる刃。

それはどちらが押しているかどうかは推し量れないが魔血の若い将校がとんでもない剣技を有しているのは目に見えて明らかだった。

敵将は秘めていたパワーでケンヴィードの白い刃を払い除ける

一瞬で間合いをとるケンヴィードをみながら彼は一筋汗を垂らして言った

「お前、どこで剣技を習った?」

その身のこなし明らかに魔血の戦い方ではない。

どちらかと言えばこちら側の戦い方に酷似していた。

「本当はこっちの流派を習いたかったんだけどね」

ケンヴィードは笑みを浮かべながらまた白い刃を構えた

「家の事情で免許皆伝まで習えなかったんだ。それだけが心残りだよ」

次の瞬間、ケンヴィードは一瞬で間合いを詰め黒い刃に競り寄った。

10代のころ家を飛び出し、習った剣技は東方仕込み。

まさかこの場面でそれが生きることになるとは想像もつかなかった

「魔血の若い奴にこんなヤツがいるとはな…」

鍔迫り合いをしながら敵将は感嘆のため息をあげた

彼をただの魔血の将校ではなく一人の好敵手として見ていた。

次の瞬間、敵将はケンヴィードの刃を払い除けそのまま空を切り裂いた。

その一撃は逃げられたが次で仕留めるつもりで彼は打って出た。

その瞬間、辺り一帯に高い金属音が響き渡った。

すれ違いざまにお互いに斬撃を入れた二人。

「くそ…一撃もらったな」

ケンヴィードは血がにじみ出る脇腹を押さえた。

だが手応えがなかったわけではない。

彼のすぐ背後、敵将はそのまま地面に崩れ落ちていた。

ケンヴィードはそのまま立ち上がると小さく息を吐いた。

敵将は一言言った

「見事だ…」

次の瞬間、なんとも言えない声で辺りは騒々しくなる。

混乱と恐慌であふれる敵陣、そしてまさかの勝利に沸き立つ自陣。

複雑な感情で入り乱れるその場にケンヴィードは立ち尽くしていた。

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