俺は沖田と絶対に結婚しない!

陸前フサグ

第1話 沖田っていう女


 俺は沖田と結婚しない。

 唐突で申し訳ないが、これは真剣マジで決めた事。


 ただの幼馴染であるだけの「沖田洋おきたよう」と将来結婚するんだなんだと勝手に騒がれて、気がつけば大学4年。


 おかげで彼女も居た事がないし、好きになった女すらいない。これも全部沖田のせいだ。俺のあったかもしれない青春を返してほしい。


 そもそもあいつには人生を振り回されっぱなしだ。何やるにも「沖田」。どこ行くにも「沖田」。

 母さんは沖田の叔母さんにも「洋を宜しくね」なんて言われ続けて来たから、一緒にいる事が当たり前になっている。

 一緒にいなけりゃあ喧嘩したのかなんて冷やかされる始末だ。


「あれ、副長。今日は沖田ちゃんいないの?」


 ほらみろ。早速同級生が声を掛けてきた。優雅に学食のホットサンドとホットコーヒーで一息吐こうなんて思ったら、直様沖田の話。


 窓際の良い席に座ったのに、気分は台無しだ。


「いるわけないだろ。彼奴は部外者なんだから本来大学に入れる筈が無――」

「ひ、じ、か、たァ!」


 なんでだよ。なんでなんだよ。あのクソ女の声がする。此処は大学なんだから、学生でないクソニートの沖田はこの大学という選ばれし者しか入れぬ聖域に足を踏み入れられる筈ないんだ。


 彼奴にはルールが存在しない。横暴でガサツ、自己中心的で口も悪けりゃ態度もデカい。

 声の方を見ると、学食の会計所で俺の方を見て大きく手を振っている。


 寝癖をつけたまま結った髪の付いた頭の中は空っぽのクセに、やたらデカイ胸をバインバイン揺らし、下着の見えそうなデニムのショートパンツから太もも生足で出して、それにロングブーツを履いてやがる。


 それを他の男子学生が見てるとも知らずに、沖田ってヤツは……! あーイライラする! あの馬鹿!


「あやや、副長怒っちゃったじゃん」


 隣に座っていた同級生の一言でさらに苛立ちが増す。両手を握りしめて沖田に向かっていくと、奴は手の届く距離に入った瞬間おでこにデコピンを食らわせてくる。


 ツンとした痛みに片手でおでこを抑えた。


「遅い! アタシが呼んでんだからさっさと来いっつーの! ほら、唐揚げ定食の金だせよ」

「何が出せよ! だ! 大学は関係者意外立ち入り禁止だって言ってるだろ!」

「はぁ? 学食は入れるけど? このくらいジョーシキよ、ジョーシキ。図書館も入れるの知らねぇんだろ? まぁ相変わらず頭カチンコチンなんだよねぇ。そうでしょ? ふ、く、ちょ!」


 煽り言葉を浴びせられ、唐揚げ定食の支払いをさせられた俺がこんな女と結婚したいと思うだろうか?


 幼馴染って言う呪縛は本当に厄介だ。

 「土方守ひじかたまもる」という名前を持って生まれたが為の宿命。沖田家と土方家がたまたま隣同士で、たまたまかの有名な新撰組のあの2人と苗字が同じと言うだけでこの有様。

 別な苗字ならこんな人生にはならなかったと本気で考えている。

 

 おかげで毎日飯代を払わされてる。その光景だって学食じゃ珍しくない。

 沖田の姿を目で追う男子学生が騙されているのだって、何度見たことか。


「結構可愛いのな」

「毎日居るから連絡先聞いてみれば?」


 ほら見ろ。今日だってそんな声がする。

 俺は優しいから忠告してやるのさ。沖田って女が如何にヤバい奴か知らないから、そんな事が言えるんだってね。


「やめとけ。彼奴は俺にしか扱えない。無闇に近づくなよ」


 今日もまた1人、学生を救った――。無駄な犠牲は出したくないという俺の優しさよ。


「土方ぁ、レモンのかける奴持って来て! 緑のキャップの奴! 10秒以内な!」

「お前レモンかけても食わないだろ! どうせびしゃびしゃにして俺によこすんだからやめなさい!」

「うるせぇなぁ! 今日は食えんだよ! 早よ!」


 学食という公共の場でギャンギャン騒ぐ沖田を扱えるのは、きっと世界の何処を探したって俺だけだ。

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