*第98話 天使のささやき

夕暮れの陰りゆく部屋に置かれた、

はすの葉をかたどったオイルランプに火がともされる。

酒精にテレピンが混合された油の淫靡いんびな香りをただよわせる。


そよそよと下女のあおぐ風は、頬をすり抜けて

煙を窓の外へ送り出す。


『おいで此処へ、モスクピルナスへ。』


(あぁ・・・また聞こえる・・・)

幼い頃から時折に聞こえてくる声。

あの日、煙に飲まれ沈む意識にささやいて来た、

天使の様な愛らしい声。


「お兄様、また考えているのでしょう?

モスクピルナスの事を。」


2歳違いの妹が妖しく目を細めながら、

そっと背中から首筋に腕を絡ませて来る。


「そんなに分かりやすいのかな?」

顔に出ていると彼女は言う。

どこか苦し気な微笑みで遠くを見ていると。


「本当に在るのかしら?」


地方ごとに言い伝えがあるが、

どの話にも共通しているのは、

恐ろしい程に澄んだ泉の真ん中に

四角い祭壇らしき台座が在る事。


そして奇妙な衣装を着た四人の少女が居て

いずれ開放される時が訪れるまで来てはならぬと

追い返されると言う事だ。


「在るよ、私には判るんだ。」


行かなければならない。

もうすぐ15歳になる。

幼い頃から決めている旅立ちの時だ。


ドーモン王国第二王子カブー・ドーモン

それが伊予の転生体である。


3歳の誕生日に

「モスクピルナスが私を呼んでいる。

16の春に精霊と契約を結ぶだろう」

と宣言した。


「どうしても行くのですね、お兄様。」

彼女が哀し気な訳は兄に恋慕しているから。

挿絵:https://kakuyomu.jp/users/ogin0011/news/16817330662357415939


「それが定めだからね。」


東へ、東へ、太陽の沈む山の向こうへ。

森と草原を越えて、大陸の奥へ。


『おいで此処へ、モスクピルナスへ。』



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