*第99話 天秤棒

天日にさらされて水分が抜け、

軽くて硬くなっているので

素手で拾い集める事には造作ぞうさもない。


二つの桶に山積みにした家畜の糞を天秤棒で担ぐ。

挿絵:https://kakuyomu.jp/users/ogin0011/news/16817330662407681530


相当に臭い筈だが、気にした事など無い。

毎日をこの匂いと共に暮らしている。


親方の待つ牛車ぎっしゃの荷台には

素焼きのかめが幾つも積まれていて、

その中に運んだ糞を放り込む。


それを繰り返すのが農奴バルダンの仕事だ。


子供の頃は褒められるのが嬉しくて、

色々なアイデアを披露していたが、

その度に仕事が増えて

自分が辛くなるだけだと気が付いた。


この木の板を組み合わせて作った桶もそうだ。

只の板よりも沢山の糞を運べる。

肩の痛みが倍増した。

夜に泣きながら後悔した。


「賢い奴隷は早く死ぬ、

だから馬鹿のままでいろ。」


じいちゃんの言った通りだと、

つくづく思った。


努力が意味を持たない社会。

それがこの諸王国連合カラタック州の在り様だ。


最下層の農奴である彼らは、

努力すればする程に、命が縮むのである。


『此処で待ってるよ!モスクピルナスで!』


辛くて死にたくなると聞こえて来る声。

20歳の春に精霊の泉で契約を交わす。

生まれた時から知っていた未来の約束。


逃亡した奴隷には直ぐ様に追手が掛かり、

その場で殺される。

しかしバルダンは昼間の大通りを堂々と歩き、

街を出て行った。


此処で殺されるなら、それでも良いと思った。

こんな暮らしはもう沢山だと。


だが誰も咎めない。

一人の追手も姿を見せない。


護身用に持ってきた天秤棒を肩にかけて

バルダンこと柿本光一は、

10日めの朝にやっと笑えた。


「わははは!さぁ!冒険の始まりだ!」


西へ、西へ、太陽の昇る地平線の彼方へ。

砂漠と岩山を越えて、大陸の中心へ。


『此処で待ってるよ!モスクピルナスで!』


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る