大聖女エルサーシアの遺言～とんでもヒロインの異世界漫遊記

外伝 ムーランティス大陸

＊第97話 愛と青春の旅立ち

「ゴホッ！ゴホッ！ゴホッ！（苦しい・・・苦しい・・・）

ヒュゥ～～～（痛い・・・）

ゲホゲホゲホッ！（目が痛い・・・）

ンヒュゥ～ゴホオッ！！（い・・・息が・・・）」

雑居ビルの黒ずんだ廊下を這いずり、

伊予はスタジオを目指した。

所々に剥（は）がれた樹脂製の床材の剥離片（ささくれ）で、

腕も足も傷だらけだ。

濃い煙で天井は見えない。

床の僅かに視界の保てる空間を頼りに、

散らかった部屋に辿り着く。

「グヒュ～～～ゴホッ！ゴッ！（あった！これ着たかったなぁ・・・）

オエッ！ゲェッ！（みんなにエロいって）スヒュッスヒュ～（言われたかったなぁ）」

もう動けない・・・

最後に着る予定だった自慢の最新作を抱きしめ、

静々（しずしず）と泣いた。

黒い涙が頬に一筋の白線を曳（ひ）く。

挿絵：https://kakuyomu.jp/users/ogin0011/news/16817330662279857408

「ゴホッ！伊予ちゃん！ゴホッ！ゴホッ！」

誰かの声が呼ぶ、そう呼ばれるのが好きだった。

将来は婚姻届けを提出する時に相手の姓を選び、

名を“伊予”に改名しようと本気で考えていた。

それを理解して呉れる人と結婚する。

なんなら相手は男でも良いと思っていた。

養子縁組すれば良いと。

一人・二人・三人。

伊予の元に集った彼らは、そこで力尽きた。

横井は伊予の手を握り締めて死んだ。

柿本は伊予に被（かぶ）さり死んだ。

寺島は伊予の太腿を抱いて死んだ。

伊予はまだ１６だけど・・・死んだ。