*第96話 見果てぬ夢

皇帝をも凌ぐ権力を持ち、バルドー帝国に君臨するゲライス家。

それでも何故に彼らは臣下の地位に甘んじているのだろうか。

傀儡の皇帝を退けてゲライス王朝を興す事が出来ない理由が有る。

ゲライス家直系の血統には、ある遺伝子疾患が有るのだ。


“ディスレクシア・発達性読み書き障害”である。


脳の処理系に於いて言語と文字は扱いが異なる。

例えるならば“言語”には専門の部署が在り、

専任の職員が担当しているが、文字にはそれが無い。


あちらこちらの部署で手分けをしているのだ。

言語に比べて遥かに歴史の浅い文字に対して

脳の対応が遅れているのである。


この各部署の連携に障害が発生し、文字の認識が出来ないのが

ディスレクシアと言う症状だ。

ゲライス家直系の半数以上に、この症状が現れている。

カヒもその一人である。


精霊契約は出来る。

祝詞は唯の意思表示に過ぎない。


原初の契約

“契約を望む者を拒んではならない”

望みさえすれば良い。


しかし呪文の場合では状況が異なる。

精霊文字を正確にイメージしなければならない。

カヒにはそれが出来ない。


最も強力な優越感にひたりながら、

最も強烈な劣等感に懊悩おうのうする。


それはやがて自我を分裂させる。

ゲライス家には多重人格者が多い。


カヒは自己の中に3人の人格が存在している事を認識している。


主人格であるカヒ・ゲライスと11歳のソイラン、

幾つであるのかも分からないデコー老人。


心の内を話せるのは彼らだけ。

それがカヒの人生である。


「噂の真偽の程は?」


聖女の娘が人型精霊と契約したらしいとの情報が入って来た。

公式発表はされていない。


「侍女の一人が明らかに人では無いとの報告で御座います。」

ハニーがやらかしていた。


人が魔法を発動する時は、必ず精霊が実体化している。

その精霊も無しに単独で浮遊移動したり、

重量物を軽々と運んだりすれば、怪しまれるのが当然だ。


しかもそれがレイサン家の侍女であれば、

「リコアリーゼ様の契約精霊ではないか?」

と推測されてもおかしくは無い。


子供の使いでさえ満足に出来ないハニーであった。


「そうか・・・娘も聖女か。」

<また計画の練り直しじゃのぉ~>

(10年先を見るか・・・)

<泣かないでね、カヒ>

(あぁ泣かないよ、ソイラン)

挿絵:https://kakuyomu.jp/users/ogin0011/news/16817330662189707335


陽動戦で聖女を誘い出し、その隙に娘を誘拐して

人質にする計画であった。


身内への情に厚いダモンが娘を見捨てる筈が無い。

オバルトを裏切ってでも助けようとするに

違いないと考えていたのだ。


しかしそれも最早不可能と判断すべきである。

誘拐に失敗すれば激怒した聖女は帝都を攻撃するだろう。

おそらく無差別に爆撃される。


「遠いな・・・」


ゲライス家には、もう一つの顔が有る。

錬金術師の一族。

科学者集団、それがゲライス家の真の姿である。

人の力のみで魔法に対抗しようと代々技術を磨いて来た。


何時の日にか大陸を支配し、祭壇を破壊し尽くして、

精霊の居ない世界を作る。


一族の悲願である。


<遠すぎるわえ、ほっほっほ>

<泣かないでね、カヒ>


「あぁ・・・泣かないよ。」


第二部 完

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