*第91話 束の間の夢

教会が仲裁する形でバルドー帝国と

デカシーランド共和国に和解が成立した。

停戦してから一年越しの交渉の末に実現した。


旧国名は民衆から

「こんな長い名前いらんわ!」

「デカドでええやんけ!」

「屁ぇこいて寝とけ!」

と、かなりの反発があった為に改名された。


王侯貴族の地位が国政に反映されない、

議会制民主主義が誕生した。

これから彼らは知る事になるだろう。

夢から覚めた後の、日常の中の悪夢を。

細かく分散した権力による無秩序な利権の奪い合いと、

大衆迎合たいしゅうげいごう主義の恐ろしさを。


一方、ダモンの地ではフリーデルとタチアーナの婚姻が成立し、

盛大に披露宴が執り行われていた。

共に15歳の秋となり新居はダモンの領都アセムに構える。


婚姻を機にフリーデルは臣籍降下となった。

本来で在れば大公位であるが、秘匿ひとくされてはいるものの、

前国王の子で無い事は、王族と一部の関係者には知られている。


当面は領地を持たぬ公爵位を徐爵される。


「まぁ!サーシア良く来てくれたわね!

ありがとう、お体は大丈夫ですの?」


けっこう目立つようになって来たお腹に負担が掛からぬ様に

ゆったりとした衣装を着たエルサーシアを迎える。

挿絵:https://kakuyomu.jp/users/ogin0011/news/16817330661983869763


「えぇ、悪阻つわりも治まったし大事は無いわチャーミイ。」

「本当に大丈夫かい?辛くは無いかい?もう帰ろうか?」

すっかり過保護なカルアンがオロオロしている。


「心配のし過ぎでしてよ、カルアン。」

優しい微笑みで夫をたしなめるエルサーシアを見て

自分達もこう在りたいとタチアーナは思う。


「確か予定日は年末でしたかしら?」

妊娠期間は平均約300日である。


「昇節の前後ですわね。」

残り凡そ120日である。


「昇節の日に産みなさいな!

娘と孫の誕生日が同じだなんて

とっても素敵ですわ!」


胸も性格も豪快なパトラシアである。


「そうですわね・・・」

エルサーシアが切望せつぼうしたパトラシア遺伝子は

ついぞ発現しなかった。


デカシーランドでの活躍が評価されて、

スカーレットは準男爵位を徐爵された。

「ウ!ウチが・・・き、貴族ぅ!」

ヘナヘナと腰を抜かした。


貴族院での手続きの際に手違いが有り、

スカーレット・シモーヌ準男爵で登録されてしまった。

心配で付き添いに来ていたエルサーシアが、

“シモーヌ”を連発したのが原因である。


「まぁ姓の方やさかい、宜しおますけどぉ。」

“スカーレット”は死んだ父親が付けた名であった。


スカーレットの実家はタランタで綿花農場を営む地主の家柄だった。

幼い頃は収穫され高く積まれた綿に飛び込み、

真っ白なひつじの様になってはしゃいだ。


しかし帝国の政策によって、芥子けし畑にされてしまった。

その赤い花は隷属の証。

労働の汗が実りの歓喜にむくわれる事は無かった。


根っからの善人であった父は麻薬の原料を栽培する罪悪感に耐えきれず

酒に溺れた。

ある夜、足を滑らせて川に落ち帰らぬ人となってしまった。


数年後、母は再婚したが、スカーレットは義理の父親とそりが合わなかった。

それを疎んじた義父はスカーレットの縁談を決めて来た。

しかも相手は帝国から派遣されて来た役人だ。


憎き帝国の小役人の妻なんぞになるもんか!

スカーレットは家を飛び出した。

流れ着いたミリピッピの酒場で女給として働いてた時に、

独立を掲げてレジスタンスを結成したばかりのトムと知り合い、

仲間になった。

スカーレット14歳の事である。


あれから4年、まさかまさかの展開だ。


「お母ちゃんもダンテも、ウチが貴族やなんて言うたらビビるやろなぁ。」

今はどうして居るかと故郷の母と弟に思いを馳せる。


「あら!家族が居たの?シモーヌ。」

驚いたエルサーシアが、まん丸の目で聞いた。


「言いませんでしたかいな?」


「聞いていませんわよ!それならそうと早く言いなさいな!」

天涯孤独の身の上だと思い込んでいた。


エルサーシアの手配で急遽きゅうきょに屋敷を購入した。

街はずれではあるが、準男爵位として申し分のない広さだ。

早速、母親と弟を呼び寄せた。


「えらいすんませぇ~ん、こんなええ家、買うて貰ろてぇ。」


「調度品は自分で選んで頂戴な、ダモンお抱えの商家を寄越しますわね。」

当然、代金はエルサーシア持ちである。


「師匠ぉ~!おおきにぃ~!」


束の間の平穏をエルサーシア達は過ごしていた。

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