*第71話 ダモンの鉾

「姉上が現役に復帰なされたそうだの。」

ゴートレイトが苦笑いをしながら席に着く。


何時もの社交倶楽部では無い。

王宮の城壁の内側に在る統合幕僚本部、

いわゆる大本営である。


「聖騎士での復帰ではありませんけれど。」

孫娘にちょっかいを掛けられて怒髪天どはつてんいたイライジャが

教会から離脱してダモン軍の魔法隊隊長に就任したのだ。


「我がダモン軍は直ぐにでも動けます。」

オバルト王国軍、ハイラム同盟軍、

コイント義勇兵、総勢二十二万五千の軍隊が

半年間を戦い続ける兵站は確保してある。


キーレント辺境伯軍は三万、バルドー帝国支援軍六万、

合計九万。

圧倒的な戦力差を以て短期決戦で終わらせる。


但しキーレントまでだ。

バルドー本国には届かない。

あと2年あれば・・・しかし詮無き事である。


「我らはハイラムから回り込み、

キーレントの背後を突き補給路を断ちます。」

ヘイルマが申し出る。


「うむ先ずは孤立させねばならぬな。」


「バルドーの本体が動きはせぬか?」

王国陸軍元帥ヤーサン・ダンナーが懸念を述べる。


バルドー帝国の全軍30万に出て来られると長期戦になる。


「半分は植民地を支配する為の軍です、

動けるのは実質15万でしょう。」

陸軍参謀本部長ヤンキーン・カレシが敵情てきじょうを判断する。


「我らが食い止めます。一人も通しませぬ故。」

ヘイルマが断言する。


「甘く見ると痛い目に合うぞ。」

王国海軍元帥ヒューチロン・トゥアーゴが、

ゆったりとした口調で経験談を語り出す。


「奴らには恐怖心が無い、

私掠船を討伐する時は船よりもデッキブラシで

襲い掛かってくる船員の方が怖いくらいじゃ。」


南蛮の私掠船の舳先へさきは金属製のもりの様になっていて、

戦闘に成ると突撃を仕掛けて来るのだが、

それをかわして横付けし乗り込んだ後が更に大変だ。


致命傷を負わせたにも関わらず、

口から泡を吹きながら向かって来るのだ。


「薬物か?アヘンでは無いな。」

アヘンは麻薬である。

中毒者は意識が朦朧として戦闘など出来ない。


「濃いケケ茶でもそこまでにはならん。」

ケケの葉には興奮こうふん作用が有り、

男性の自信回復の為に愛用される。


バルドー帝国では麻黄まおうの実からエフェドリンの抽出に成功し、

強力な覚醒剤が製造されていた。

帝国はこれを流通させる事はせず、戦闘員の強化剤として使用した。


「奴らにはおどしや説得は無意味じゃ、

二本足の獣の群れと戦うと心得よ。」

力と力のり潰し合いになるだろう。


「胆にめいじまする。」

ヘイルマは心胆しんたんの寒くなる思いを振り払った。


総勢七万の軍団がダモンの地を出陣したのは、後陽一週目の事であった。

軍靴ぐんかの響きに水芭蕉みずばしょうの花が怯えた。


***********


「いよいよ戦争か~」

カーレス号の甲板でフリスタスは上官であり、

また精霊院の同期でもあるリージットと話している。

副操舵手として最近赴任したばかりだ。


「今度は軍艦が相手よ、海賊より手強いわよ。」

バルドーが海岸線から侵入せぬ様に海上封鎖を担うのが海軍の役目だ。


「やっぱりシャブ中かなぁ?」

フリスタスは心底うんざりする。


海軍ではバルドーの薬物使用は周知の事実として知られている。

骨のずいまで沁み込み、精神をむさぼり尽くすその薬物を

“シャブ”と呼んだ。


オバルトでも戦闘の前にはケケ茶を飲み興奮状態でのぞむが、

あれは次元が違う。


「妹ちゃんが居たら楽勝なのだけどなぁ。」

「サーシアが?」

「うん、あの子はヤバイよ~」


話だけは聞いていたが、フリスタスにとっては

愛らしく微笑む少女の記憶しか無い。


「サーシアは可愛い妹だ、戦場になんか連れて来られないよ。」

もってのほかだと少しムッとする。


飛び切り可愛い笑顔で殺戮するから怖いのだと言いかけたが、

グッと言葉を飲み込んだ。


想い人に嫌われたくない、恋するリージットであった。


「ところでアンタたちはいつ結婚するのよ」

「まさか遊びじゃないでしょうねぇ」


話し掛けて来たのはリージットの姉、

マリーヌとゴースンの二人だ。

三姉妹はシュミッツ提督の娘で、二女ゴースンはパウサール船長の妻だ。

軍艦カーレス号は家族ぐるみで運行している。


「ね、姉さん!そんな・・・」

「あ、遊びなんかじゃありませんよっ!」

「じゃぁ早く決めなさいよ~」

「この戦が片付いたら所帯を持ちなさいな」


船の上では逃げ場が無い。

挿絵:https://kakuyomu.jp/users/ogin0011/news/16817330661115702133

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