第二部第一章 私たちの朝

*第69話 大公閣下の号泣

エルサーシアが王都に帰還する少し前の事である。


マルキスの乱心事件に関して、王都憲兵隊と

陸軍情報部との合同捜査本部が設置された。


この事件の裏に在るバルドーの陰謀をあばく為に、

ゴートレイトが本部長と成り組織された。


王宮の一部から反対の声も有ったが、

元老院と王国陸軍の強力な後押しで実現した。

ゴートレイトの名前と75人の捜査員から

“ゴーメン75”と命名された。

事件から2日後と異例の速さである。


ゴーメンがジョンソン侯爵家に強制捜査を決行した。

屋敷内は荒らされビクトルは縊死いししていた。


「どう考えても変だよねぇ、これは。」

ロープが外され床に横たわるビクトルの亡骸なきがらを調べたドコは言った。


「こんなに蹴り飛ばさないな普通は。」

ワイアトールも同じ意見だ。


窓際にまで転がった椅子が不自然極まりない。

首を吊って椅子を倒すのだから、

その場で横に倒れるくらいが関の山だ。

誰かが蹴り飛ばしたとしか思えない。


「粗い仕事だなぁ」


「これだけ屋敷を荒らしたら誤魔化せる訳が無いのに。」

気にはなるが今は証拠の押収が先だ。


「家探しは任せて俺たちはサンドル卿の所へ行こう。」

「なぁ~んにも知らないんじゃないかなぁ。」


ボンクラ卿とまで言われるサンドル男爵が

陰謀に加担しているとは考えにくい。


「棚からビタースイートマンボって言うだろう?」

古いことわざだ。


「前から思ってたんだけどさぁ、

ビタースイートマンボって何?」


「さぁ?」


***


「わ、私は関係無いぞ!娘を殺された被害者なのだ!」


昼間から酒を飲み、わなわなと体を震わせて

ライオネル・サンドル男爵は小心者の真骨頂しんこっちょうを発揮している。


「心当たりを聞いているだけです。」

感情を消した機械的な口調で語りかける、

この手の男は威圧的に出れば折れる。


「本当だ!私は利用されただけなのだ!」

ほら!もうボロが出た。

「ほう、どんな風に利用されたのですかな?」


ライオネルは二人の仲を知っていた。

フリーデルの事も薄々は疑っていたが、

だが結局はその程度だった。

重要な事は本当に知らないらしい。


(はぁ~空振りかぁ~)

と思った時だった。


「そうだ!マルキスからの預り物があったよ!」

ふいにライオネルが思い出した。

書斎の戸棚から取り出した箱の中には念書が入っていた。


「これだっ!!!」


裏切り防止の為に取り交わされる

陰謀加担者達の念書が出て来たのだ。


「落ちて来たよぉ!マンボ!!」


野望の破綻した事を悟ったマルキスが、

屋敷から持ち出していたのだった。

ジョンソン邸が荒らされていたのは、

これが見つからなかったからである。


ビクトルは自殺であった。

念書の隠し場所を聞き出せ無かった賊が

当てが外れて苛立ち、椅子を蹴飛ばしたのだ。


「わ!私は君たちに協力したのだ!忘れないで呉れたまえよ!」

ライオネルは必死だ。


「勿論ですとも。」

(それなりの処罰が有るさ)

とは心の中で言うにとどめた。


大収穫を手に二人は捜査本部へと帰投きとうした。


***


直ちにゴートレイトは動いた。

憲兵隊を引き連れて王宮に踏み込んだ。

宰相の身柄は押さえたが、

ブルク・キーレントは姿を消していた。


ゴートレイトはその足で面会謝絶の国王の私室に踏み入った。

そこには瘦せ細った老人が居た。


「あ・・・兄上?」

本当にこの人物がシルベストなのか?


「誰じゃ。」

声に力は無い。


「ゴートレイトに御座います。」

ゆっくりと近づきながら言った。


「おぉ・・・ゴートレイトか、近う。」

ミイラの様な手が招く。


「ほれ、見てみよモスクピルナスじゃ。」

シルベストが壁を指さす。

「マリアが手を振っておる。」

幸せな幻覚だ。


「あ・・・兄上、お許し下さい・・・」

もっと早く動いて居ればと悔いた。


「なんじゃ?泣いておるのかゴディ。

また母上に叱られたのか?」

優しい声だった。

遠い昔に呼ばれた名だ。


「兄上!」


其方そなたはちと元気が良すぎるのだ、

母上を心配させてはならぬ。

ほれ、此方こなたへ来やれ、

兄が頭を撫でて進ぜよう。」


ゴートレイトは寝台にすがりついて泣いた。

挿絵:https://kakuyomu.jp/users/ogin0011/news/16817330661031316454


それから幾許いくばくも無く王は逝去した。

オバルト国王シルベスト・オバルト3世。


享年68歳であった。


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