*第20話 大公閣下の奔走(ほんそう)

「真に大儀たいぎであった!其方そなたには感謝しかない」


レンガ造りの倉庫が立ち並ぶ運河沿いの一角に、

王太子派貴族の集う社交倶楽部があった。

ターラム大公ゴートレイトは甥である男の分厚い手を握りねぎらった。


「礼には及びませぬ、ここで動かねば後難こうなんとなりましょう」

ダモンの族長ログアード辺境伯ヘイルマは

叔父の憔悴しょうすいした様子に憂慮ゆうりょした。


此度こたびは姫君に無理を強いてしまった。

不憫ふびんでならぬ」

少女の肩に掛かる宿命の重さは、

愚かな大人たちの罪の重さでもあった。


「そうでもありませぬ。

意外にも娘の方が乗り気で御座いました。

以前から憎からず想い寄せていた様に御座います」


左様さようであるか!

姫君は泣いてはおらぬのだな?」

ゴートレイトは安堵の表情を浮かべ腰を下ろした。


「はい閣下。早くも新妻気取りに御座います」

随分と老けてしまわれたなと思いながら

ヘイルマは対座たいざした。


スペンド侯爵と接触したあの懇親会以降、

火花を散らす導火線を追う様にして走り回った。


すぐさまヘイルマに書簡しょかんを送り

第二王子派の動きを知らせると共に、

王族以外との婚姻を進める様にうながした。


元老院を構成する4人の選帝侯、

精霊教会教皇、

ウイルヘイズ大公と会談を重ね

エルサーシアの婚姻の後ろ盾と、

聖女就任の絵図えずを取りまとめた。


第二王子派による婚姻の妨害を防ぐ為に元老院の後ろ盾を得た。

これで異論を口にする者は元老院と敵対する事になる。

王の無理強いを無効にする為に聖女の地位を用意した。

精霊教会の教皇は、国王はおろか皇帝の命にも従う事は無い。


教会は聖女の地位を教皇と同等とする事を決定した。

どうにか次期国王の継承問題からエルサーシアを隔離する目処めどが付いた。


王や第二王子派の後ろでジョンソン侯爵が

糸を引いているのは分かっていた。

しかしどちらの王子が即位しようと、

王族の近従として内裏を差配さはいする事に変わりは無い筈だ。

何所に本意があるのか読み切れない事にゴートレイトは不安を感じていた。


「それが解らぬのだ。其方はどう見る」


「もし私がフリーデル殿下を担ぎ上げるなら、

傀儡かいらいにして王国を簒奪さんだつ致します。

もちろん陛下には鬼籍きせきに入って頂きます」


冷気が漂う様な話を事も無げにヘイルマは語る。


「恐ろしい事を言うものだな」

まさかと思う反面、一つまた一つと歯車の噛み合う音が聞こえる。


「しかしそれは無理があろう。

あ奴にそこまでの力は無いぞ」

その様な非道は元老院始め諸侯が許さない。


「ジョンソン候の力だけではそうでしょう。

しかし大きな後ろ盾が在れば可能で御座います。

誰もが沈黙してしまう程の脅威が後ろに控えていたならば」


ぐっ!と眉間に力を込めたヘイルマに見つめられて、

ゴートレイトの頭の中でカチリと噛み合った歯車が回りだした。


「南蛮かっ!」


南蛮バルドー帝国との国境を守護しているキーレント辺境拍は第二王子派だ。

外敵から国を守る防人さきもりでありながら、

ダモンは北方の守護神と呼ばれ尊敬を集めているのに対し、

キーレントがその様に称賛される事はついぞ無い。


それはダモンが平和的に併合されたのに対し、

キーレントは戦に負けて降伏したと言う歴史的背景にある。

キーレントのダモン嫌いは国中の誰もが知っている。


「あ奴らは外患がいかん誘致ゆうちするつもりなのかっ!

帝国の属国に成り下がるぞっ!」

我知らず身を乗り出してゴートレイトは吠えた。

挿絵:https://kakuyomu.jp/users/ogin0011/news/16817330657654098236


「これは想像に過ぎませぬ、推測ですら無い話で御座います」

ですが・・・とヘイルマは言いかけて、あえて口をつぐむ。


「最悪を想定せぬ愚を犯すわけにはいかぬか・・・」

無言の意を受けてゴートレイトが言葉を繋げる。


「軍の諜報部を動かします。

もしもの場合はジョンソン候を弾劾だんがいし、

即座に譲位を執り行い、キーレントを討伐し国境を閉鎖せねばなりません。

閣下には討伐軍の大将となって頂く事になりましょう」


戦の準備をしなければならないとヘイルマは告げる。

「御覚悟を」


瞑目し、心で何某なにがしかを断ち切って・・・

「・・・あい分かった」


ゴートレイトは答えた。

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