*第15話 朽縄(くちなわ)の親子

「してやられたものだ・・・」

気が付いた時には既に届け出が受理された後だった。


チャーフ公爵家次男カルアンとログアード辺境伯公女

エルサーシアとの婚約を知らせる官報を目にしたビクトルは

怒りと驚きの混ざり合った感情に戸惑っていた。


訪問団が王都に帰還するのは3日後だ。

王太子派が動くのはそれからだと考えていたビクトルは

己の認識の甘さを悔いた。


高位貴族の婚姻は国王の承認が必要となるが、

慣例として貴族院長官が代行して許認可が成される。

当代の長官は王太子派だ。

陛下の耳に届く前に手続きが完了してしまったのだ。


「何を考えておるのだダモンは!

万国一の宝をこえめに投げ捨ておった!

サンドルの馬鹿もどの面下げて戻るつもりか!」


八つ当たりであると本人も承知しているが、

気持ちを落ち着かせる事が難しい。


チャーフ家の出来損ないと陰口を囁かれる次男との婚姻など

予測出来るものでは無い。


「ダモンは王太子派に組したのでしょうか?」

マルキスは不安げだ。


「それならばもっと良い方法があろう。

それこそナコルキン殿下との婚姻も不可能ではあるまい。

此度こたびの縁談にダモンの利益は無い」


「しかし何らかの思惑が無ければ、

この様な仕儀しぎには至らぬでしょう」


そこだ!

ダモンの思惑が何所にあるのかが重要な鍵となる。

客観的にみればダモンは中立のままだ。


「此度の婚約は不自然に過ぎる。

むしろ何時でも破棄出来る取り合わせだ」


「婚約を破棄させるだけの条件を示せと?」

「領地の加増と徐爵じょしゃくも用意せねばなるまい」


正式に婚姻が成立するにはまだ猶予がある筈だ。

幾らでも挽回できる。

いや、せねばならぬ!


「ダモンめ、武骨なだけの田舎者と侮っていたが、

からめ手も使う様だ。

だがそれこそ我らの得意とする戦ぞ」

挿絵:https://kakuyomu.jp/users/ogin0011/news/16817330656877972299


権謀術数けんぼうじゅっすうに生きるビクトルは、

打算と損得でしか人を理解する事が出来なかった。

また貴族社会とはそう言う所でもあった。


加齢臭にときめき、その場の思い付きで行動する少女と、

度し難い親バカと、

性格の破綻した狂人を相手にしているとは

知る由も無かった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る