あなたは死にました

 恋人の時哉くんは昨日死んでしまいました。 


 気づいたら、お通夜だった。


 会場の前方に置かれているお棺の中には私の恋人だった時哉君が横たわっているのだろう。

 余りの出来事に、私は会場の隅のパイプ椅子に座っていることしかできなかった。


 どれだけ時が経ったか、わからない。先ほどまでお棺の前の椅子に座っていた彼のお母さんがふと席を外していた。


 私はじっとお棺を眺めていた。


 高校に入って初めての恋人だった。

 同じ吹奏楽部に入っていて、どちらもクラリネットだった。

 彼はパートリーダーで、皆をまとめてくれていた。

 かっこいいな、と密かに思っていて何かと話しかけていたのは私だ。

 それが功を奏したしたのか『付き合おう』って彼から告白してくれた。

 

 離れているのが嫌で親に無理を言って一緒の塾に通い、

 来年の受験に備えて一緒に勉強もした。

 

 初めてのデートは水族館だった。

 おしゃべりじゃなかったけれど、黙っている時間も退屈じゃなかった。


 なかなか手を繋いでくれない彼に、手を繋ごうって言ったのは私で。

『汗ばんでるのが恥ずかしくて』と気の進まない理由を教えてくれた。


 今のうちに、時哉君の顔を見ておこうかな、と思った。

 お母さんが戻ってきたら、見せてくださいと頼むのも心苦しい。


 この会場にきたときも挨拶したのに、憔悴しきったお母さんはこちらに顔を向けることすらなかった。


 時哉君のお家は母子家庭で、親子二人で暮らしていると聞いていた。その心中を察すると、無視されたことになにか思うこともなかった。一緒に事故にあった私の顔を見たくなくても当たりまえだからだ。


 私は立ち上がって、お棺の側に行くと上から中を覗き込んだ。

 彼は白い着物を着せられて、綺麗な顔で横たわっていた。


「時哉君……どうして……」

 思い出すと涙がこぼれた。

 私と時哉君は交差点で信号待ちをしていた。

 その時、トラックが私たちの方に突っ込んできたのだ。

 咄嗟に私も彼も動けなくて……。


 そこからの記憶はショックで曖昧だ。

 救急車がきた時……

 私は担架に乗せられて、隣に見えた時哉君はもう……

 ポロポロと涙をこぼすと、時哉君の顔にそれが落ちてしまった。慌ててお棺から顔を離して、手で涙をぬぐった。ハンカチ、どこだっけ……。


「美沙都ちゃん、これ、使って」

 すると声がして目の前に白いハンカチが差し出された。


「え」

 驚いて顔を上げると、そこには時哉君がいた。


「えええっ!」

「美沙都ちゃん、驚きすぎ」

 時哉君は青白い顔でにこりと笑っていた。


「な、なに、どうして?」

「うん」

「だって、死んだんじゃ……」

「死んでるよ?」

「え」

「俺、死んでる。美沙都ちゃんが、こうしてきてくれたから出てきたんだ」

「幽霊なの?」

「ふふ。幽霊だよ」


 そんなことを言われてまた涙が溢れてきてしまう。受け取ったハンカチで遠慮なく涙をぬぐった。


「もっと、デートとか、したかった」

「うん……俺、美沙都ちゃんのこと大好きだったよ。……結婚したいって思うくらい」

「そ……そうなんだ。う、うん。私も、そのくらい好きだったよ」

「はあ~。幽霊になってこんなこと言うとは思わなかったよ」

「……そうだね」


「あのさ、もしも、生まれ変わったら」

「生まれ変わったら?」

「その時は結婚してよ」

「……うん」


「よし、じゃあ、もう未練はないな」

「え……もう、会えないの?」

「約束したし、成仏するよ」

「成仏って……」


「美沙都ちゃん、大好きだよ」

「時哉君……私も、私も大好き」


 カタン、と音がして彼のお母さんが戻ってきた。私は慌てたが、時哉君は落ち着いていた。


「お母さんきちゃったから」

「あのね、美沙都ちゃん」

「うん?」


「美沙都ちゃんも、死んでるから」


 その言葉に私の頭は真っ白になった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

一分で読めるホラー 竹善 輪 @macaronijunkie

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ