第3話「やり方はいつも通りで良いんだよな? ギルドを追放された身だが」
――まだ、口の中に残るぶどうの香り。
それを感じながら診察の会計に呼ばれるのを待つ。
治療らしい治療もない経過観察だ、大した金額にはならないだろう。
「はー……」
少し前のぶどうジュースの香りと、少し先に待つ診察代の支払い。
その狭間に居ながらも俺の意識は3年前から離れられずにいた。
……もし俺があの時、意地を通すことを選んでいたのなら。
レオ兄をまだ冒険者という業界に引き留めることができていただろうか。
それとも、バッカスという親友を永遠に失うことになっていたのか。
もし、あのグランドドラゴンを討伐したという名声をこの手にできていたら。
冒険者としての地位を盤石にしていたら。
俺の人生はどうなっていたのか。
都合の良い空想を重ねても仕方のないことだ。
だが、こういう後悔を重ねるたびに、自分の中での踏ん張りが効かなくなる。
過去を思い、あの時にああしていれば良かったという後悔が足場を奪う。
先生に言われるまで、ダンジョンで死ぬつもりなんて意識したことはない。
ただ、シルビア先生に言われて分かった。
あの時にすり抜けていった名声を取り戻そうと無茶をした。
あの時に意地を張れなかったことが、諦めへの呼び水になった。
……俺が、スライムを前にバッカスを逃がすという選択をしたのも、あの日に染みついた諦めが招いた選択ではないかと問いかければ答えは見えている。石にかじりついてでも踏ん張らなきゃいけないところで、俺は諦めてしまったから。
『君はもう、とっくの昔からそれに向いている人間じゃなくなっている』
先生に言われた言葉を思い出す。
俺がもう、戦いに向いている人間ではないと。
……この俺が、成人からずっとここで生きて来たこの俺が。
故郷を捨て、魔法という才能を冒険者に使い続けてきたというのに。
「よう、相変わらずシケたツラをしてるな? フランク」
待合の椅子に座っている俺に、斜め上から声が投げかけられる。
特徴的なダミ声だ。視線を向けるまでもなく、声の主は分かった。
「ケッ、現場に出てないアンタがなんでギルドの診療所使ってんだよ?」
3年前、俺たちの手柄を第三王子に献上した男。
そして数週間前、この俺をギルドから追放した男。
現在の冒険者ギルド長、アダムソンだ。
「持病だよ持病。今のお前と同じさ。不治の病だ、死ぬまで付き合うしかない」
「ハッ、俺のは治るさ。アンタと違って若いからな」
「確かにもとより若返っているものな? 成人前と言っても誰も疑わん」
半笑いを浮かべながらアダムソンが隣に腰を下ろす。
……随分と近いな。俺が若い女の身体だからって気色の悪い奴だ。
よくもまぁ人のことを追放しておいてヘラヘラと近づいてくる。
「――ところでフランク。お前は2週間後にまだ開拓都市にいるか?」
ギルド長の問いに頷いて、そのまま”俺がどこかに行くとでも?”と続けようとした。だが、こいつは俺に口を開く時間も与えずに自分の言葉を続けてくる。昔からこういう奴なんだ、相手の話を聞く姿勢がなっちゃいない男なのだ。
「髑髏払いの儀式を手伝って欲しいんだ。
ゴーレム使いの力まで失ってはいないだろう?」
……髑髏払いの儀式、か。
懐かしいな、新人冒険者にとっての最後の試験だ。
実戦へと向かう若い戦士のイニシエーション。
こちらが用意したゴーレムを倒せるかどうかを測るものだ。
「2週間後って、時期じゃないだろ?」
「今回は特別なのさ。なにせ新たな冒険者はあのディーデリック殿下だからな」
……ああ、あの第三王子の弟か。
名前を聞いてなんとなく分かるくらいには知っている。
細かいことは何も知らないが。
「前に第三王子がダンジョンに入った時には儀式を受けてないはずだが?」
「そりゃあれは一時的な視察だったからな。
しかし、ディーデリック殿下は違う。彼は冒険者になられるのだ」
……我が国の王子様が、冒険者にだと?
「止めなかったのか? どう考えても厄介なことになるだろう」
「止まる部類の人間ではなかったのだ。
確かに気苦労は増えるが、彼のような人間を引き込むことは利益も大きい」
詳しいことは知らんが、どうにも変わった人間であることは間違いない。
王子という確かな身分がありながら敢えてこんな業界に飛び込んでくるなんて。
わざわざリスクを取る必要のない人間だろうに。
「それで急にゴーレム使いが要ると」
「ああ、本来頼むはずだった相手がダンジョンで怪我をしてしまってな。
報酬は弾む。請けてくれるよな?」
アダムソンが提示してきた金額は、確かに悪くない金額だった。
人を追放しておいて都合の良い話だとは思うが、フィオナの家に厄介になっているだけの現状を考えると、この金は欲しい。
「経費をそっちで持ってくれるのなら請けてもいいぜ」
「領収書は用意しろよ? あと水晶髑髏みたいな凝り方をしても面倒見ないぞ」
「はいはい。やり方はいつも通りで良いんだよな? ギルドを追放された身だが」
アダムソンが頷く。嫌味のつもりだったが通じてないらしい。
まぁ、良い。話を進めるか。
「どれくらいだ? どれくらいのレベルで用意すれば良い?」
「ディーデリック殿下の実力か?
そうだな……あのレオナルド・ケイラーを相手にするくらいで良いだろう」
……おいおい、冗談だろ?
どうして王室育ちのボンボン相手にレオ兄レベルを用意しなきゃいけない?
「アンタあれか? 王子を試験に落とす気か?
それとも新人の頃のレオ兄をイメージしろってか?」
と言っても俺はレオ兄の新人時代を知らない。
そもそも彼は俺たちよりも早く冒険者をやっていたし、手を組んだ頃には既に実力者だった。二刀流の魔法剣士として完成された男だった。
「ははっ、確かに試験で落としてしまうというのは手だったな。
だがそれは無理だ。ギルドの人間どころか観客でさえ気づくだろう。
最盛期のレオナルド・ケイラーを儀式で落とせるはずがないのは分かるな?」
本気で言っているのか、この男は。
観客でさえも見て分かるほどに試験で落としたらこちらの不正を疑われると。
ディーデリックという男はそれだけの実力者だと。
「いったい何者なんだ? ディーデリックってのは」
「……雷の魔法剣士、ブラウエル王家始まって以来の最強の戦士、になるかもしれない少年と言ったところか」
冒険者の門を潜ろうとする男のことを少年と呼ぶということは……。
「成人したばかりなのか? 騎士団で実戦経験があるわけでもなく?」
「ああ。今年に成人してそのまま冒険者になると」
「……その歳で、あの頃のレオ兄と同等だと」
「少なくとも話を聞いている限りではな。私も実際に見たわけじゃないが」
バカな、15歳のガキが30代を目前にしていた兄貴と同等なんて。
「――曰く”自分の代でダンジョン攻略を終わらせてみせる”だそうだ」
アダムソンが珍しく物憂げな表情で呟く。
だが、気持ちは分かるような気がした。
世代こそは違うが、俺もこいつも冒険者同士だったから。
「できると思うか、フランク? あのダンジョンが王子の1世代で」
「……できるわけねえだろ。俺たちが100年以上を掛けた場所だぞ」
「だよな。お前ならそう言ってくれると思っていたよ」
そこまでを話したところで、会計のお姉さんが俺の名前を呼んだ。
立ち上がった俺にアダムソンが視線を寄こす。
「細かい話は明日にしよう。ギルド本部に顔を出せ、良いな?」
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