第12話「大人の姿は本来の力を解放している、だったか」

 ――あの日、俺が知ってしまった秘密。

 フィオナという謎めいた王子の個人的な情報。

 

 ショーガールとは思えないような大きな屋敷に住んでいること。

 聖職者であった義父に育てられたこと。

 そんな義父と同じく彼女自身も、敬虔な教徒であること。


 どれもトワイライトの同僚でさえ、レオ兄でさえも知らないことだ。


 しかし俺が知ってしまったことの核心はそれではない。

 これだけなら、店に顔を出すことを控えるようなことはしない。

 それ以上のことを知ってしまったから、俺は彼女に救いを求めたのだ。


 ”一時的にでも男に戻れる手段”を手に入れられんじゃないかと。


「そろそろ時間だ。これが見たくてボクに会いに来たんだろう?」


 彼女の言葉に、あの日に知ってしまったこと、あの日に見た光景を思い出す。

 用心棒としての仕事を果たし、フィオナを自宅まで送り届けた。

 けれどまだ近くに不審者がいるような気配があって、屋敷の中に招かれた。


『ボクは今まで誰とも宵を越したことがない。

 その理由を、貴方には知られてしまうことになるね――』


 なんて言いながら微笑んだフィオナは、瞬く間に姿を変えた。

 成人した大人の女性としての姿から、10代前半ほどの少女へと。

 フィオナは自分のことを簡単に説明してくれた。

 けれど、それを信じることができなかった。俺には出来なかったんだ。


 あの時に俺が推測した筋書きはこうだ。

 義父を亡くした幼い少女が、魔法を使って年齢を偽っている。

 少女が大人のふりをして、トワイライトのショーガールをやっている。


 そういうストーリーでしか理解できなかった。

 27年の人生で凝り固まった俺の頭では、そういう筋書きでしか。

 フィオナ自身のどんな言葉より、自分の納得を優先させた。


 だから彼女に頼めば肉体変化の魔法を知れると思った。

 魔法で一時的にでも、元の姿に戻れると。

 そうすればアパートを出ていくまでの時間稼ぎになるだろうと。


 だが、再び少女の姿へと変わるフィオナを見て理解する。

 魔力が向上し、魔法について全盛期以上となった今だからこそ分かる。

 ……これは、彼女が使っているのは魔法じゃない。


「っ、大人の姿は本来の力を解放している、だったか。フィオナ」


 今の俺と同じような背丈になったフィオナが静かに微笑む。

 すぐ隣、こちらと同じソファに腰を下ろした幼い彼女が。


「うん。ようやく信じてくれたかな? 前は信じてくれなかったよね。

 ボクは使命を果たすためにここにいる。そういう風に用意された存在だ。

 まだ時が来ていないから力を解放することができない、らしいよ」


 義父からの受け売りだと前回に言っていて、俺はそれを信じなかった。

 フィオナという女が神の使いなんていう話よりも、自分の推測を優先した。

 だけど、今、ようやく分かった。少なくとも彼女は魔法を使っていない。

 ……彼女の力は、人間の技術体系じゃない。


「その表情からして、ボクの技を盗むことはできなかったみたいだね?」

「……ああ、ただ分かったのは君のそれは魔法じゃない。

 人が神を真似た邪なる魔の技術ではないということだけが分かったよ」


 今の俺は魔法については全盛期を越えている。

 だから分からないということが分かるようになったのだ。

 前に見た時には、肉体変化系の魔法だろうとしか思えなかった。

 だが、そうじゃない。これはもっと神に近い技だ。


「魔法とは、神の御業を不当に簒奪した人間が使う技術だって話か。

 義父さんからその話を聞くたびに、教会で取り締まらないの?と思ったよ」

「そういう闘争はあったらしい。ただ一度でも社会に染みついたものは消せない。

 有用すぎる技術は消えてなくならない」


 幼い姿の彼女に、社会を問われると不思議な気分になる。

 トワイライトの王子ではなく、見た目相応の少女を相手にしているような。


「なるほど。義父さんがトワイライトのオーナーと仲良かったのと同じか」

「……敬虔な教徒なら、まぁ、良くはないよな。ああいう店の存在は」

「淑女らしくないとは言われるだろうね。けどこの世は真水じゃないってさ」


 随分と物分かりの良い方の聖職者だったらしいな、彼女の義父は。


「……その、君は良いのかい? あの店で働いているのはどうして?」

「果たす使命があるんだろうって話かい?

 生憎とボクはそれを教えてもらってなくてね。その時が来るってだけでさ」


 遠くを見つめるフィオナ。

 義父のことを思い出しているのだろうか、このひとりぼっちの屋敷で。


「慎ましやかに生きていくだけなら10年くらいは生きていける。

 義父さんはそれだけのものを遺してくれた。

 ……けどね、ただ座って待っているだけじゃ気が狂う、そう思ったんだ」


 ソファに深くもたれかかっている彼女が静かに視線をこちらに向ける。


「他人と関わる場が欲しかった。

 ボクを人間じゃないと思っている教会の人以外と。

 それでオーナーに助けてもらって、今がある」


 1人でこの屋敷に籠ったまま生きていく、か。

 確かに想像するだけで気が狂うというのは理解できる。

 人間というのは社会の中でしか生きられないものだから。


「おかげで、こうしておじさんと出会うことができた。

 ボクの秘密を知ってくれている相手が」


 彼女の手のひらが、俺の手を包む。

 その温かさが神経に沁みてくるようで、いつまでもこうしていたかった。


「……良かったのか、俺なんかが知ってしまって」

「うん。言ったはずだよ、おじさん。

 貴方が思っている以上に、ボクは貴方のことを好いていると」

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