第10話『ここがアタシの新しい職場よ、私にとっては次なるダンジョンって訳ね――』

 ――ショーラウンジ、トワイライト。

 それは冒険者で成り立つこの開拓都市における最大の華だ。

 名の通り、黄昏時から店が開き、陽が落ちた時から幕が開く。


 客層は主に中堅以上の冒険者、あとは商人や職人と多岐に渡る。

 簡単に言えば、この開拓都市でまともに稼げている人間といったところか。

 ここを目当てに来る観光客もいるが、それは主ではない。


 この店の常連になる前はもっと品のない場所だと思っていた。

 女を同業に持たない冒険者という生き物がその慰めのために入り浸る場所。

 それだけの場所だと思っていたが、いざ知ってしまうとそうではない。


 舞台の上に立つ彼女らの芸は、一流のそれで何よりも輝いて見えた。

 なんて思うのは、俺がこの場所に惚れてしまったからなのだろう。

 特に初めて見たのが、あのフィオナだったのがダメだったんだ。


『ここがアタシの新しい職場よ、私にとっては次なるダンジョンって訳ね――』


 冒険者をやめて何故か女になったレオ兄のために、俺とバッカスはこのトワイライトに初めて足を踏み入れた。ずっと同じパーティだった仲間の新しい門出だ。祝わないという選択肢はない。たとえ慣れない店であろうとも。


『……正直、こういう店は慣れないんだが』

『言われなくても見てれば分かるわ。でもね、みんな最初はそう言うのよ。

 けれど私が保証する、ここに来たことを後悔させたりしない――』


 ――なにせ、これから踊るのは、このトワイライトの王子様だもの。


 なんて兄貴の言葉を聞き流したのだけど、直後に浴びたステージの記憶は今も鮮烈に焼き付いている。軽やかな足音が響いてきて、幕が上がり、強烈な光が彼を照らした。


 これだけの光源を用意している店の資金力も凄いなと思ったが、そんな感覚は光の中に立つ影が動き出した時には吹き飛んでいた。足が揺れるだけで小気味いい音が響いて、彼のそれがタップダンスだと分かる。


 タイトなスラックスが浮き彫りにする足の曲線。

 開かれたジャケットの下に着こんだベストが強調する胸のふくらみ。

 観客席へと放り投げられたシルクハットが隠していた美しい黒髪。


 本当に間抜けな話だが、そこまで見て俺は、王子というのが女だと理解した。

 そして、理解したころには、すっかり彼女の舞台に魅了されていたんだ。


 ショーラウンジなど、悪戯に女が肌を見せるだけの下品な場所だと思っていたのに軽やかに踊る彼女の動きに、彼女の歌声に、俺は惚れ込んでいた。

 そして全ての演目が終わったとき、王子様はベストを脱ぎ捨てワイシャツを開き、胸元を見せつけていて、そこに高揚を感じてしまっていた。


 下品だと見下していたものに、それだけではない技術と芸を見せつけられて惚れ込み、だからこそ下品だと思っていたものが美しく見える。全くもって単純な話だが、こうしたプロセスを踏んで俺はこのトワイライトの内側へと堕ちたのだ。


『――ふふっ、呼んでみる? あの王子様に見惚れたんでしょう』


 あの時はレオ兄の誘いを断った。フィオナの指名料がバカ高かったからだ。

 けれど、それが今となっては店が終わった後の彼女に時間を貰うとは。

 人生、何がどうなるか分からないものだ。

 ……といってもまぁ、俺の身体が女になったことに比べれば全てが霞むが。


「ねぇねぇ、フランク。いつの間にフィオナとあんなに仲良くなったの?」


 第1幕が終わったころ、レオ兄がそんな質問を投げかけてきていた。

 何気ない質問の風を装っているものの、彼の鋭い眼光は隠せていない。

 長い付き合いだ。なんとなくそこら辺は感じ取れてしまう。


「別に、特別仲が良いってわけじゃ……とは言えないか」


 彼女を一晩中指名して最後にアフターを貰ったわけじゃない。

 最初に指名しようとしたのを制した上で、店が終わったらと言われたのだ。

 これで仲が良いわけじゃないと言っても言い訳にもならん。


 それにそもそもフィオナは誰かと宵を越したことがない。

 ……こんなことを断言できるのは、俺がフィオナに惚れ込んで彼女が処女だと信じ込んでいるから、ではなく別の理由でそうだと言い切ることができる。


「あれでしょ? 前、アンタに用心棒を頼んだ時に何かあったんでしょ。

 アンタあれ以来ここに顔出すの初めてだものね?」


 レオ兄の質問に対しては、沈黙を持って肯定するしかない。

 まったくもって彼の推察通りだからだ。


「――何があった訳? アタシ、これでもこの店の店長もどきなのよ」


 だから店の主力キャストであるフィオナと俺に何かあるのなら把握しておきたいという訳か。理屈は通っているし、人情としてもよく分かる。

 そもそも俺がフィオナに近づけたのは、レオ兄がここで働いているからという繋がりも大きいし兄貴にはいろいろ手助けをしてもらった。


「……答えられない。俺がアンタに教えたら、フィオナを裏切ることになる」


 何か適当に誤魔化すという方法が頭に浮かばなかったわけじゃない。

 けれど、その手のことをやってもレオ兄のような男には通用しないだろう。

 それにこういう筋の通し方の方が兄貴は好むはずだ。


「……ほんと、女になっても変わらないわね、そういうところ」

「悪いな、兄貴」

「良いわよ。でも兄貴って呼ぶのはやめなさい。分かった?」


 レオ兄の言葉に頷く。

 やはりどうしても真面目になると兄貴と呼んでしまうな。


「まぁ、アンタのことだからフィオナを悪いようにはしないでしょう。

 信頼してるわよ、そこら辺は。この後はせいぜい頑張んなさいな――」

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