第2話 神谷と小梅
*出所後、再会した神谷と北條。翌日北條は長野の実家へ帰省した。その数週間後の二人を妄想してみました。 語り手は猫。『花に嵐』より↓
俺は小梅。人間はオスの俺にメスみたいな名前を付けた。梅が生んだから小梅だと。まったくもって単純だ。もう少し頭をつかってくれよ。
ここは神谷の家の玄関だ。神谷は俺と会うと必ず何か食わしてくれる。今日も帰ってくるのを待っている。
「小梅。縄張りの見回りは終わったのか?」
おう。今日も一匹追い払ったぞ。神谷。さっきからいい匂いがするぞ。なに買ってきたんだ? 鰹節くれよ。
「おいおい、肩に乗るなよ。酒のあてを買ってきたんだ。ちりめんじゃこと漬物と、これは厚揚げだ。あぶってショウガ醤油で食べるとうまいんだ」
今日はちりめんじゃこをくれるのか? 贅沢だな。
「小梅。今日、北條が長野から帰ってくるんだ。嬉しいだろう」
北條? あ――あの青眼の異人か。へ――あいつが帰ってくるのか。だから喜んでいるのか。お前、ずっと暗い顔してたもんな。幽霊みたいだったもんな。良かったな、神谷。
「おいおい小梅。布団に足跡をつけるなよ」
いいじゃないか。干してる布団は極楽なんだよ。
「小梅。俺はこの縁側から眺める庭が好きなんだ。桜がすっかり若葉に変わったな。葉の隙間から日光がきらきらしている。小梅。見ろこの葉書。北條からだ。今日帰るって書いてあるだろう。お前読めるか」
読めるわけないだろう……おい神谷。お前もここで寝るのか? せっかく干した布団だろう。いいのかよまったく。
ん? 神谷。誰か来たぞ。起きろよ。出なくていいのか。神谷が起きないなら俺も起きないぞ。おい、入ってきたぞ。知らないぞ。
「神谷。寝ていたのか」
あれ? 青眼の異人じゃねえか。大きい手だな、お前。北條だっけ? お前に撫でられるのは嫌じゃないぞ。おい、お前も寝るのかよ。大人の男が二人そろって昼寝かよまったく。
やれやれ、俺はそろそろ行くぞ。おい北條。神谷は、お前が帰るのをすごく楽しみにしていたぞ。あとはよろしくな。
俺は、大きく伸びをして、猫らしくにゃあ~と挨拶をして庭に降り、縁側沿いにゆっくり歩く。
振り返ると、目を覚ました神谷が北條の方に顔を向けその青い眼を見つめていた。
「帰ってきたのか?」
「ああ」
「お母さんは元気だったか?」
「ああ」
「そうか――おかえり」
神谷がふと北條に右手を伸ばした。
「北條、髪が少し伸びたな――」
その手を取りそっと唇を寄せて北條が言った。
「神谷、ただいま」
完
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