第10話 仕事と悩み


 商業ビルが立ち並ぶオフィス街。

 俺が所属する事務所はそこそこの中堅から、それなりに有名な芸能事務所になっていた。所属している歌手や俳優が仕事をバンバンとってくるようになったためだ。俺自身もドラマやアニメ、cmのタイアップ、ラジオへの出演、ここ1年は時折TVにも出るようになっていた。


 事務所に行くのは月に一度くらい、やることは打ち合わせと称した雑談だ。

今回来たのも新曲を出すにあたっての戦略確認。

これはこれで楽しく仕事をさせてもらっている。


「仕事の話はここまでかな、で、幸二、有希さんとの生活はどうだ?」


 向坂さんには契約時に全て話をしている。

 初恋から婚約することになって現在の同棲に至るまでの経緯と、これから有希の卒業を待って結婚すること。勿論契約の内容に結婚について邪魔をしないこと口を出さないことは折り込み済みだ。

 マネージャーになってもらって9年、俺の性格も把握され有希に同情までしていた。


「もう、毎日が最高ですね。有希がいて当たり前の状態なので今までの生活を思い出せません」


 スケジュールの確認をしながら惚気を交える。

 こんなこと話せるのは友人の長尾と向坂さんだけだ。

一応世間ではクールと見られている俺が脂下がるところは、あまり見せていいものではないらしい。


 今週と来週のラジオ出演と来月からライブを数本、新曲発売までの予定をスマホに入力して頭にも叩き込む。

 編曲家との顔を打ち合わせは来週の頭。

今まで何度も組んでいる人だからライブチャットでもいいが最初はやはり顔を合わせておきたい。

 また、忙しくなってきたなぁと思いつつ、新曲を聴いた時の有希の反応を思い浮かべる。よし、頑張ろ。


 家に帰ると有希が夕食を作って待っていてくれた。

なんだろう、何かあったのだろうか表情が暗い。

夕食後、有希が入れてくれたコーヒーを飲みながらここ最近の悩みを聞いた。


「ずっとぐいぐいきていた先輩がいてね、あ、その先輩はもう大丈夫なんだけど」


コーヒーが熱いのかふーふーと冷ましながら飲む有希。仕草は可愛い。が、聞き捨てならない。


「ちょっと待って、有希。ぐいぐいってどの程度?大丈夫って何が?君4年でしょなんで先輩?」


疑問が次から次へと湧いて出てくる。


「んと、ぐいぐいはサークルでイベントをすると呼んでないのに来ていつの間にか隣にいる感じ」


それ、普通じゃないし。考えるときの有希のくせ、人差し指を唇に当てて、ん〜っとするのは可愛いが内容は可愛くないぞ。


「大丈夫なのは先輩の周りの人に現状をわかってもらって、近寄らないようにしてもらったから」

 

 それならいいのかな?だが甘いような気がする。

こんなに可愛い有希をそんなに簡単に諦めることができるのか?


「先輩は、サークルの先輩で今大学院にいるから食堂とかで会っちゃってたの。でも他の先輩たちが連れてこないようにしてくれるって。院にも食堂あるし」


「ああ、そういうこと、でももう解決しているみたいだけど、君の悩みは何?」


有希の表情が曇る。俺はその憂いを晴らしてあげたいんだけどな。


「真由なの」


おや、意外な名前が出てきた。


「妹の真由ちゃん?どうしてこの話に出てくるんだろう?」


 その先輩とやらを焚きつけたのがどうも真由ちゃんらしい。

それが本当なら家族思いの有希にとってかなり辛い話だな。まだ傷が浅いうちになんとかしないと。


「一度、話をしてみたい。義妹になる人とうまくやれないのは悲しいからね。何より有希がそんな顔をしているのが嫌だな」

「ありがとう。でも、そんな顔ってどんな顔なのかしら……」


自分の顔をぺたぺたと触っていたと思ったら徐にほっぺたをむにーっと引っ張る有希に、つい吹き出してしまう。


「っぷ……あはは、いきなり可愛いことしないでよ。有希、大丈夫俺に任せなさい」


とんと胸を叩いて有希にアピール。にっこりと可愛い笑顔の有希にホッとする。


「うん、頼りにしてます」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る