第5話 料理

 パタパタとキッチンとリビングの往復を繰り返す俺に、父が声をかけてくる。


「で、幸二はどうして実家に?自分のマンションの方が香川さんち近いでしょ?」

「一応ね、結婚はまだだけどさ、両親に挨拶の一つでもと思ったわけなんだけど……」

実家は閑静な住宅街の一角にある二階建ての一軒家。落ち着いた洋風建築のシックなデザインの家だ。

両親ともにバリバリ働くタイプで、俺はその恩恵に預かり環境も教育も良いものを与えてもらっていたと思う。俺もこんな親になりたいと思える尊敬する人たちだ。


 テーブルの上に豪華な料理を次々と並べていく。


「うんうん幸二が来てくれて嬉しいよ。美味しいものいっぱい食べれるし」


 そう、久々に実家に帰って来たと言うのに母の手料理ではなく俺の手料理を3人で食べることとなっている。

 なぜかというと、母の料理は時短料理がほとんどで、味は抜群なのだが見た目が少し寂しいのだ。いつもコメさえ炊いておけば美味しいおかずを作ってくれていた母に感謝しつつ、その両親に美味しいと言ってもらえる料理を作れるようになった自分にホッとする。家事の一つもできないと今時はダメだからな。

 その上二人とも俺の料理をとても気に入ってくれるから、頼まれたら作ることはやぶさかではない。


「今日はいいエビがあったんで、マヨ焼きをメインにしてみた。あとはビシゾワーズとサラダはサーモンとアボカド、このドレッシングかけてな。テリーヌだとくどいから枝豆のゼリー寄せにしてみた。デザートはレモンと柚子のソルベな」


 色々と説明すると二人からおおーと声が上がる。

美味しいものは人生を豊かにさせてくれると思う。

自分で作るものも外で食べるものも、どうせなら自分の口に合う美味しいものが食べたい。栄養価のバランス調整もできたら完璧だ。


「じゃあ、幸二の明日からの同棲生活を祝ってカンパーイ」


 明日は大事な日なので、アルコールは控えておく。そんなに強くもないので普段からあまり飲まないのだが。今日はペリエにライムを絞ったものと、アップルタイザーを用意してある。

 両親には白ワイン。銘柄に指定がなかったので友人のおすすめを買っておいた。


「本当に香川の叔父さん的に同棲なんていいのかな?嬉しいけど」


時折有希の写真に一緒に写っている叔父さんは、かなりイケメンだけどどちらかというと厳格なできる上司の雰囲気をもつ人だ。

そんな人がよく婚前に同棲を許してくれたと思う。


「むしろ先に一緒に住みたいって言い出したの有希ちゃんよ?すぐに結婚するよりは同棲して上手くいくか知りたいんですって」


ああ、それなら理解できる。大事な娘の籍に傷がつくよりはということだろう。

料理と酒を堪能していた父が何かを思い出したように言う。


「あ、そうだ有希ちゃんな、料理うまいぞ。よかったな」


なんだと、聞き捨てならぬことを聞いたぞ。俺を差し置いて何をしてくれてる。


「え、どういうことだ父さん、有希の手料理食べたのか?」


「練習台になってって頼まれたのよ。幸二のために勉強してるそうよ、健気ね」


 それなら百歩譲って許す。

やっぱり俺は有希のことになると途端に心が狭くなるらしい。料理をすっかり平らげて、後片付けは母がやってくれると言うので風呂に入って自分の部屋に戻る。


 明日はいよいよ有希に会える。外見はわかっている、性格はわからない。

あの時好きになった有希の笑顔は今も可愛いままだろうか。

みっともない自分を見せないために、しっかりと睡眠をとることにした。

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