スマホカバーと割引券
珠里亜の長いまつげをこさえたぱっちりお目目。キレイな形をしていて、起き上がらせたら目を開く人形のように綺麗だなぁと昔から思っていた。昔から見てきた顔だけど見飽きない。彼女はどんどん綺麗になっていく。珠里亜を見るたびに私は自分を惨めに感じていた。
どうして、私は珠里亜みたいに可愛くないんだろう。
どうして、珠里亜はいつも私が気になった人を奪うのだろう。
彼女なら、望んだものならなんだって手に入れられるだろうに、どうして私が気になる人を欲しがるのだろうか。
□■□
「ヒロ、お前来週の月曜が誕生日だろ」
雑談している男子のその言葉に私はピクリと肩を動かす。
「新しいスマホカバーが欲しい」
「悪い、今月ギリなんだわ」
「その代わり、お前のためにバースデーソング合唱してやるよ」
「うわ、いらねぇ」
誕生日の話になったのでプレゼント候補をねだった逸見君。しかし周りの男友達は持ち合わせがないから歌のプレゼントをするという。逸見君はノーセンキューと遠慮していた。
……誕生日…来週の月曜が逸見君の誕生日なんだ!!
私はいても立ってもいられなかった。
ちらっと逸見君の手元を見ると、去年発売したスマホ。この間写真を見せてもらった時に手にとったので機種名を覚えている。あれならモール内のショップでスマホカバーが売られてるはずだ。そうと決まれば早速今日見に行こう!
その日の学校帰りに寄り道して、私はショッピングモールにやってきていた。行き先は一択。スマホアクセサリーショップだ。お買い物中の家族連れやカップルの波をすり抜けて店へ一直線である。
ショップ内には辺り一面タイル張りのようにスマホケースが飾られていた。目がチカチカして目移りしそうになる。
──来たはいいけど、逸見君の好みのデザインってどんなのだろう。思えば私は彼のことにそこまで詳しくない。最近少しずつ話すようになっただけだもの。
無難なものにするか。シックな寒色系のカバーで、衝撃を吸収してくれそうな……
「あれぇ? 千沙じゃぁん」
スマホカバー購入候補を手にとって見比べていると、背後からあまり聞きたくない声が飛び込んできた。
嫌な予感がしてぎぎぎと首を動かすと、そこには珠里亜がいた。その隣にはチャラチャラしている男。新しい男を引き連れてデートをしているらしい。
「買い物してるのぉ? それスマホカバー? あれ、千沙ってアンドロじゃなかったっけぇ?」
「…別にいいでしょ」
目敏いな…なんで私のスマホの機種を把握してんだ…いや、あっちとはデザインが違うからすぐに分かっちゃうんだろうけど!
「ジュリの友達?」
「うん、そー」
ぬっと首を伸ばしてこちらを覗き込んできた男に私はギクッとして後退りする。まじまじと観察されて私はゾワッとする。
イケイケのギャル男こわっ。こういう人種苦手なんだよ…
「珠里亜とタイプが違うじゃん。男慣れしてない感じの…」
「そうだよぉ。だからあんまり怖がらせちゃ駄目なんだからぁ」
珠里亜と私の間には天と地の差があることは百も承知である。さすが珠里亜の彼氏。失礼な口ぶりなのがお似合いである。
「それでぇ? それ買うのぉ?」
「……買うよ」
私がギクシャクしながら答えると、珠里亜はにこぉと笑ってきた。
男ならその笑顔に骨抜きになるはずなのだが。私には恐ろしく感じて寒気がした。
「珠里亜的にはぁ、こっちのカバーは充電がしにくい作りだから、こっちのTPUおすすめかなぁ。シリコンもいいけど、滑りが悪いからポッケにスマホ入れる男の子には使い勝手悪いかもぉ」
その言葉にギクリとした。
別に「男の子にあげる」と言ったわけじゃないのに。
「喜ぶといいね、逸見」
──見破られている。
「じゃ、珠里亜これから彼氏とご飯だから。また学校でねぇ」
棒立ちになって呆然とする私を置いてけぼりにして、彼氏の腕に抱きついた珠里亜は軽く手を振って立ち去っていく。
なんのつもりだ。私にアドバイスなんかして。珠里亜の考えていることがわからない。
私の幸せをことごとく奪っていくくせに。
モール内を歩いている人たちが珠里亜の美貌に惹かれて視線を追っていく。いつだって珠里亜は主人公で、私はいてもいなくてもいい、舞台を飾る木の幹なのである。
対抗意識など燃やしても珠里亜相手じゃ無駄。彼女はいつだって何枚も上手なのだから。
□■□
翌週の月曜日。私はどきどきしながら登校してきた。カバンの中にはラッピングしたプレゼントを忍ばせ、戦場に向かうかのように教室にたどり着いたのだ。
教室の引き戸を開くと、クラスメイトたちがいつもと変わらない朝を送っていた。そして私の探し人は机の上でぐでーんとなって朝寝をしている。
朝イチで渡そうと思っていたが、寝ているなら邪魔しちゃいけないな。タイミングを見計らって渡そう。
しかし、なかなかチャンスは訪れない。授業と授業の間の休憩時間にはどこかに消えたり、男友達が近くにいて声をかけられない。お昼休みには男友達一同がバースデーソングをお披露目しており、逸見君はクラス中から注目されていたのでこの中に割って入る勇気が出なかった。
『ハッピバースデェェー!』
しかもスティービー・ワンダーのハッピーバースデーだし。友人一同のソウルな歌声に逸見君は苦笑いしつつもなんか照れくさそうであった。
しかし困った。なかなか渡すタイミングが見つからない。
それに……あんなサプライズソングの後にスマホカバーってちょっと地味に見えないかな。
「ねぇねぇ逸見、これあげるぅ」
「……割引券?」
「この間彼氏と食べたんだぁ。誕生日なんでしょぉ? 珠里亜からのプレゼントだよぉ」
私がまごついている間に目の前では珠里亜が逸見君になにかの紙切れを差し出していた。
私はそれに焦った。珠里亜に遅れを取ってしまった!
「逸見君!!!」
やばい、まずい! と思った私は二人の間に突っ込むようにして特攻した。
珠里亜も逸見君も目を丸くして驚いていた。だが私は焦っており、彼らを気遣う余裕もなかった。
「これあげる! 誕生日おめでとう!!」
逸見君の顔目掛けてプレゼントを差し出す。びっくりした彼がのけぞっていたが、私は心臓が破裂しそうでいっぱいいっぱいだった。
「そんな高くないから、ほんの気持ちだから!」
彼が気に病むことのないように言葉を付け加えると、逸見君がプレゼントを受け取ってくれた。
「…ありがとな」
照れくさそうにしている逸見君を目にした私の胸がキュンとときめいた。
あぁ、もうフツメンのくせにかっこいい。そんな顔もかっこいいなんてずるい。受け取ってくれたことが嬉しくて、にへらっと笑いかえした。
「おぉ、スマホカバーじゃん! つけていい?」
包装を解いた逸見君にそう言われたので、私はブンブンと縦に首を振った。早速スマホにカバーを付けてくれた逸見君はまじまじとカバーを観察していた。その口元は弧を描いて微笑んでいた。
よかった。喜んでくれたみたいだ。
「…よかったらお礼になんかおごってやるよ」
「えっ!? 逸見君の誕生日なのにおごってくれるの!?」
「煉から割引券もらったからな」
そうだ、今さっき珠里亜が……
私は珠里亜の存在を思いだして振り返ったのだが、そこには珠里亜の姿はなかった。
……消えた。
なぜ? いつもなら妨害してきてもおかしくないのに……
「で、行くの?」
逸見君の再確認に私はギュンと首を元の位置に戻して、彼のチケットを掴んだ手をにぎる。
行かないわけがないだろう!
「行く!!」
急遽逸見くんとのデートチャンスをゲットした私は念入りにメイクを直して、髪型も可愛く決めた。
彼との距離を縮めるのが今日の目標である。頑張るぞ!!
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