デートと例の元クラスメイト


 珠里亜にもらったというクーポン券は、誕生日プレゼントを購入したモール内に入っているレストランだった。そのお店では食事からデザートまで揃っており、私は季節の果物を使ったパフェを注文した。

 目の前に逸見君が座っていてちょっと緊張したけど、甘いパフェを口に運べば私の頭の中はパフェでいっぱいになった。

 ゆっくり食べていたつもりだが、パフェの容器からどんどん量が減っていき……


「ごちそうさまでした」


 おやつタイムはあっという間に終わった。手を合わせて深々と頭を下げると、ソフトクリームが乗ったコーヒーを飲んでいた逸見君が今更なことを言った。


「お前夕飯入るの? 家で用意してもらってるだろ」

「大丈夫。その前にお腹すくから。うち夕飯の時間遅いんだ」


 もしも夕飯が入らなくなったとしても、私の優先順位は逸見君とのデートなので後悔はしない。

 あ、でも今の発言女子としてはまずかったかな…。食いしん坊みたいに聞こえちゃったかな。


「そか。そろそろ帰るか?」

「え?」


 そんな。今さっき来たばかりじゃないの。もう帰るの!? 本当に私におごるだけで終わっちゃうよ!?


「もうちょっと見て回りたいな!」


 私がテーブルの上に身を乗り出して訴えると、逸見君がビクッと肩を揺らしていた。


「ほら、クリスマスの飾りが飾られてるし、大広場では自動ピアノが曲演奏してるって言うし……せっかく、来たんだし…」


 一緒にいたいって言えばいいのに、私のどこかで臆病な心がその言葉を飲み込んでしまう。彼だけは違うと信じているのに、過去の破れた恋を思い出すと怖くなる。

 どうしたいつもの調子はどうなった。しっかりしろ。

 私がぐっと机の上で拳を握っていると、目の前の逸見君が「んー…じゃあ後30分だけな」と言った。

 私の目の前に光が訪れたかのようだった。


「うん!」


 1分でも30分でも、逸見君と一緒にいられるなら全然いい。学校じゃ2人きりなんて中々なれないもの。

 嬉しくて嬉しくて笑顔を隠せずにいると、逸見君がそれを見て困惑した風になにやら視線をさまよわせていた。

 お会計を済ませて店の外に出ると、来たときよりも人が増えていた。平日なのにこんなに人が増えるのか…と思ったけど、今日は例のクリスマス特設会場初日の日らしい。皆それを見に来たのだろう。


 広場の中央ではピアノが自動でクリスマスソングを奏でている。立派なもみの木はクリスマス仕様にデコレーションされており、沢山の人の撮影アイテムと化している。私もあわよくば逸見君と写真撮りたいけど、思った以上に人が多いなぁ…


「菊本、危ない」


 クイッと手を引っ張られた私は構えていなかったためよろけた。人にぶつかりそうになった私を危ないからと逸見君が引っ張ってくれたのだ。助けてくれただけとはいえ、手を繋がれた。

 ……今まで、いい感じになった男の子たちとデートみたいなことをしたことはあるが、手を繋ぐ…それも男の子側からってのは初めてである。

 私は嬉しくてたまらないくせに緊張してしまって黙り込む。


 て、手をつないでしまった。手、大きいな。…逸見君の手のひらカサカサしてる…。

 どきどきグルグルしながら、ぎゅむうううと逸見君の手を握りしめていると、逸見君が私の顔を覗き込んできた。


「顔赤いぞ」


 彼は私の顔を見て笑った。

 誰がそうさせていると思っているんだ。何そのからかうような意地悪そうな表情…好き!

 私は照れ隠しに逸見君に軽く体当りした。


「なんだよ」

「別にっ」


 ふんっと鼻を鳴らした私の頬は未だに熱いまま。いつもみたいに話せたらいいのに、こんな時に限って緊張で話せない。

 繋いでいる手から私の緊張が伝わっているんじゃなかろうか。現にいま私の手はじっとり汗をかいている。

 このまま握っていてもいいのだろうか。逸見君は迷惑に思っていないだろうか。そう不安に思いつつも、私の方から手を離すという選択肢は存在しなかった。


 キラキラ輝くクリスマスツリー。響き渡るピアノの音色。今までに何度も同じものを見て、聴いてきたはずなのにとても美しく感じた。

 周りに沢山の人がいるのに、私の中ではここには逸見君と私2人だけが存在しているような気がした。



「──もしかして、ヒロ?」


 だけどそれはただの錯覚で。

 横から投げかけられた声に反応したのは逸見君だった。

 振り返った先には、うちの高校よりも偏差値が幾分か低い公立高校の制服を着た女子高生が立っていた。その姿はいうなればチャラチャラしたギャル。おしゃれでとても可愛いけど…個人的には珠里亜の方が可愛いかなって感じだ。

 ……逸見君の知り合い?

 私が彼を見上げると、逸見君は小さく誰かの名前を呼んだ。

 呼ばれたギャルは目を細めて笑っていた。親しげに見えるけど馴れ馴れしくも感じる……逸見君の友達にしては派手すぎるようにも見えるな…。


「その子、彼女?」


 ギャルからの指摘に私はかぁっと顔が熱くなる。

 そそそそんな! なれたらいいなとは思うけどまだまだ! あっ、でも逸見君に否定されたら凹むかもしれない! その気はないと言われたら凹む!


「……」


 逸見君は否定しなかった。むしろ何も返さなかった。

 感情の起伏が感じられないほど静かに、ギャルをじっと見つめていた。

 その反応をギャルはどう受け取ったのか、茶化すような感じで笑っていた。


「あの時はごめんね、まさかヒロが私を好きになるとは思わなくてー」


 …! このギャルは、例の…!

 逸見君にとって苦い思い出の相手。彼の恋心を利用された形で振られた相手…!

 意外だ。逸見君ってギャル好きなんだ。いや、中学時代は彼女もギャルじゃなかったのかもしれないけど。


「もう過去の事だし、どうでもいいよ」


 ようやく口を開いたと思えば、淡々とした言い方で返していた。いつもの逸見君って感じだけど、そこには壁があるような気がした。

 振られたのも2・3年前だし、逸見君にとっては過去で、今はあまり思い出したくないことなのかも。それなのにこのギャルはどういうつもりなんだ…?

 私はじとっとギャルを睨むが、彼女は私のことなんかまるで眼中にない。ぐぬぬ。


 一歩近づき、逸見君の前に立ったギャルは逸見君の顔を下から覗き込んだ。……珠里亜と同じ手口だなそれ。


「本当に悪かったなーって思ってるんだよ?」

「だからもういいって」


 しつこいな…いつまでも相手が自分のことを思い続けているとでも思っているのだろうか。


「あのさ、また前みたいにまた仲良くなれないかな? あたし最近彼氏と別れちゃったから…」


 は? 

 ギャルの言葉に私は呆然とした。

 うわ最低。どの口でそんなこと言ってるんだろう。

 また逸見君を利用しようと思ってるんだろうか。


「ちょっと…」


 流石にスルーできなくなって私が口を開くと、逸見君が私の肩を空いてる方の手で抑えてきた。目が合うと逸見君は首を小さく横に振っていた。私に口を挟むなって言いたいみたい。


「悪いけど、無理」

「…えっ?」


 逸見君に断られることを想定してなかったのかな。ギャルは呆けた声を漏らしていた。


「行こう菊本」


 お時間ですとばかりに手を引かれた私は小走りで逸見君についていく。

 握られたままの手。私は斜め後ろから彼の横顔を見上げるけど、今どんな表情を浮かべているかわからない。だけど吹っ切れたかのような顔をしてるんじゃないかなって私は確信していた。


 ドライなくせに優しくて、フツメンのくせにイケメンなことする逸見君。

 ──フツメンのくせに、キラキラしてんじゃないよ。


 私はもっと逸見君のことが知りたい。

 ──期待してもいいのかな。今度こそ。




 ショッピングモールを出ると、辺りは真っ暗に変わっていた。冬も深まってきたこの時期、一日が短く感じてしまう。まだまだ一緒にいたかった。


「菊本、家どっちだっけ。送る」


 その言葉に私は目を丸くする。

 そんなこと言ってくれた男の子は逸見君が初めてだ。逸見君は私の手を握ったままだった。

 電車の中では人の波に飲み込まれないように壁になってくれたし、家までの道のりを歩いている最中は車道側を歩いてくれたし、私が家に入るまで見守ってくれた。──まるで私が理想としている彼氏みたいじゃないか。

 なんなの、好きなんですけど。

 そんなことされたら私はうぬぼれちゃうからね。いいの?


 普通のようで普通じゃない、フツメンでイケメンの逸見君。

 私は君の特別になりたい。

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