逸見君のほろ苦い思い出
「逸見君は珠里亜みたいな子に興味ないの?」
教室の清掃当番のゴミ捨てに向かう途中、彼にそう問いかけてみた。すると逸見君は怪訝な顔で私を見下ろしてくる。
「…美人だとは思うけど……」
けど、なんなのだ。
やっぱり美人のほうがいいのか。
珠里亜は逸見君を狙っている。以前にもまして話しかけてくる頻度が増えた。今の所は逸見君が珠里亜を意識しているとかそういう雰囲気はないが、これからどう転ぶかわからない。
ゴミ袋の重い方を持ってくれている逸見君は私から視線を外して天井を見上げる。
「自分が美女と付き合えるとは思ってないし、恋愛対象かと言われたら、逆に対象外かな」
その言葉になにか含みをもたせているように聞こえて、今度は私が怪訝な顔をしてしまう。
そんな。
逸見君はフツメンだが、成績もよく運動神経もいい。そして性格もいいんだ。男の場合女よりも顔面のことでとやかく言われることも少ないだろう。
なぜ急にそんな卑屈なことを言うのだ。
「どうしてそんなこと…」
言うのさ、と言おうとして、飲み込んだ。
私もそういう卑屈な考えを持っている人間だから人のこと言えないなと思ったからだ。
ゴミ捨て場にゴミを捨てた逸見君はポケットからスマホを取り出してなにか操作をはじめると、「ほい」と画面を見せてきた。
スマホを受け取ってその液晶を見ると、そこにはイケメンが映っていた。
誰だろうこの人。私服だけど…うちの高校では見たことない人だな。
「な、イケメンだろ。中1からの友達で今は他校に通ってるんだ」
だからなんとなく、お前が抱える煉に対する劣等感もわかる気がすると逸見君はつぶやいた。
「中2の時にさ、俺には特別仲がいい女子がいたわけ。同じクラスで隣の席だった。新学期から積極的に話しかけられてさ」
一緒に勉強や、本の貸し借り、バレンタインに誕生日プレゼント…お喋りしてじゃれ合いもする、クラスメイトと言うよりもそれ以上の付き合いがあったのだという。それは3年に上がったときも変わらない。彼女のレベルに合わせて下の高校に通おうかと思ったくらいなのだそうだ。
だけどその頃から違和感を覚え始めたのだという。
「その子はやたらダチのことばっかり聞いてきた。ダチの連絡先を知りたがっていたし、遊びに行くにもダチも誘ってくれって言うようになって…」
気にはなっていたけど、自分が特別仲がいいのだと言い聞かせた逸見君は、中3の夏祭りデートの時に告白したのだそうだ。
「“ありえない”って言われた。俺と親しくしていたのは、俺のダチに近づくためだって面と向かって拒絶されたよ」
アレでポッキリ心折れたね。と逸見君は半笑いで遠い目をしていた。振られた直後にその女子にはイケメン君との仲を取り持てと言われたそうだが、断って距離を置いたのだそうだ。
そのクラスメイトは自力でイケメン君に告白したそうだ。
「ダチはその子からの告白断ってたけどな。その女子と俺が親しいの知っていたし、多分俺がその子の事好きだってあいつは気づいていた。……俺はものすごい自分が情けなくて、恥ずかしくて、すげぇ劣等感に苛まれた」
友達を嫌いになりそうになった。ただの逆恨みなのに、と呟く。苦い思い出を思い出した逸見君の表情が陰ったのを私は直視して、胸が締め付けられた。
「ダチな、いいヤツなんだよ。だから俺は親友を嫌いになれねぇ。あいつ、いい男だもん」
イケメン友人と一緒にいると、比べられることもあり、その他にも仲を取り持てと言ってくる女子と遭遇したり色々あったそうだ。
「段々自分がつまんない人間みたいに感じられてな。自分に嫌気が差すっていうか、……それでそういうことを諦めるようになった。期待してもぬか喜びになるだけだし、正直疲れるし」
だから珠里亜に接近されてもあんなに淡々としているのか。期待しないように。自分が傷つかぬよう防衛線を張っているんだ。
「だから菊本みたいに何度も奮起して、がんばろうとしてるのはすごいと思う。弱虫な俺とは大違いだ。だから自信もてよ」
逸見君はそう言って私に笑いかけてきた。
その笑顔を見た私の胸が傷む。
何故、私が元気づけられている。
どうしてそうなるのか。人のことは褒められるのに自分のことはおざなりにして。
「逸見君は! 弱虫なんかじゃないよ!」
たまらなくなって私は叫んだ。
そんな目に遭ったら誰だって警戒して、異性に対して距離を置くのは普通だ。逸見君を中継にして気になる男に近づこうとしたそのクラスメイトは考えなしすぎる! 男の力を借りずに自分一人で頑張ればいいのに失礼だ!
怖がることは悪いことじゃない。だって周りの人は自分の心を守ってくれないじゃないか。警戒して自分の心を守るのもありだと私は思う。
考えなしにグイグイ行くことばかりが正解じゃないと思うのだ。傷つくことが偉いわけじゃないのだ。
「逸見君は冷静で意志をしっかり持った人だと思う! ただ慎重で注意深いだけなの! それは悪いことじゃないと思うよ!」
私はいつも好きな男の子を珠里亜に取られてから、卑屈になって、もう一度頑張ろうと奮起するけど、いつも同じことの繰り返しだもん。学習能力ないのかってくらい毎回毎回同じことの繰り返し。
逸見君のように一旦止まって冷静に考えるのも大事だなって思うよ!
「お、おう…」
私が熱弁すると、逸見君はびっくりしてのけぞっていた。
逸見君は他の男の子とは違うと感じていた。それはきっと同じ痛みを味わったことがあったから。
それは仲間意識にも似ているけど、実際には違う。私は逸見君が気になる、もっと逸見君のことが知りたいのだ。
「あー、いたぁ」
そこに飛び込んできた間延びした声。
私は条件反射でぎくりとする。
「ごみ捨てからなかなか戻らないから何してるのかなーって思ったら…2人で何の話してるのぉ?」
……なぜこのタイミングでやってくるのか。
今までのことがあるので、私は珠里亜を警戒している。ただでさえ珠里亜は逸見君に興味を持ちはじめてよく話しかけてくるようになったからだ。
「掃除せずに男とくっちゃべってた奴には教えてあげません」
いつものようにドライに流す逸見君は安定の塩対応だ。
…私がもしもその態度を取られたら一瞬で心を折られるところなんだが、珠里亜は幾多もの男を転がしてきた。全く響かなかった。
「えー…なにそれぇ…」
にやり、と珠里亜の口元が笑みを作った時点で私は嫌な予感がした。
「それってヤキモチぃ?」
珠里亜はすっと腕を伸ばすと、逸見君の腕に抱きついた。小柄な彼女が男の子のそばにいると、かなり見上げる形になる。その小ささにキュンとくる男子が数多くいるのだ。
私は珠里亜を離そうと彼女の肩をつかもうとしたが、その前に逸見君が珠里亜の腕をほどかせていた。
「何いってんのお前。俺は呆れてんの」
「またまたぁ、珠里亜が他の男の子と喋ってるの見て面白くなかったんでしょぉ?」
「…お前、すげぇポジティブ思考だな。生きるの楽しそう」
話が若干噛み合ってないのが気になるが、逸見君は珠里亜の上目遣い攻撃にもひるまなかった。
珠里亜は一瞬真顔に戻って固まる。もしかしたら冷たくあしらわれて少し傷ついたのかもしれない。
だけどただで転ばないのがポジティブ珠里亜である。彼女は逸見君の歩く方向に先回りして通せんぼすると、彼の顔を覗き込んで笑う。
「珠里亜、最近彼氏と別れたんだぁ」
「それはお気の毒に」
逸見君がさっと珠里亜を避けようとすると、珠里亜がその前を更に通せんぼする。
…一体彼らは何をしているんだろうか。
こころなしか珠里亜の笑顔に気迫が生まれ始めているように見えるのだが、私の目の錯覚だろうか。
「だからね、逸見。付き合ってあげてもいいよ?」
その言葉に私の心臓がどくりと嫌な音を立てた。
珠里亜はいつもいつもそうだ。
私から好きな人を奪っては楽しそうに笑うんだから。
「──上から目線か。お気遣いいただかなくても結構だよ」
逸見君が淡々とお断りしたのを見て、私はホッとする。
目の前で逸見君がOK出したら私は今度こそ絶望していたに違いない。逸見君の冷静さに感謝である。
しかしこのまま話が終わりというわけには行かない。
「やめなよ珠里亜、そういうの失礼だと思う」
珠里亜の悪い癖なのだが、軽く付き合ったら何かに付けて簡単に別れちゃうところがあるのだ。珠里亜のその軽薄な態度で傷つく人もいるのだ。私も迷惑だが。相手にも迷惑だからやめたほうがいい。
そう注意しようとすると、珠里亜はグリンっと首を動かして私を見上げてきた。
「なんで? 珠里亜が逸見と付き合ったら、千沙は不都合なの?」
眉をひそめた珠里亜からのチクリとした言葉に私は息を呑んだ。
逸見君の視線までこちらに集中してきたので余計に言葉が出せず。
私は何も返答できなかったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。