バスケ部恋愛禁止の掟


「土瓜千雪です! 先日の練習試合を見て、皆さんかっこいいなと思って入部を決めました!」


 その子は、正統派美人な三国さんとは正反対の可愛い女の子であった。

 二学期に入ってしばらくして、男子バスケ部に遅れ馳せのマネージャーが入部してきた。その人は私と同じ1年で、ミーハーな発言をして堂々の自己紹介をしていた。またもや美人マネージャーが増えた男子部員たちは喜びに湧いていた。

 1人増えたなら、私のヘルプはもういらないなとホッとした。

 さり気なく仕事ぶりを確認すると、土瓜さんは積極的でテキパキと動けるタイプのようだ。ポワワンとした三国さんは仕事を奪われてもニコニコして「助かるなぁ」と日和見発言していた。

 分担して仕事すればいいのに、土瓜さんはすべてひとりでやろうとしている。


「三国さん、ボーッとしてないでシャキシャキ動いてよ」

「ご、ごめんね」


 土瓜さんにとっては要領の悪い三国さんがイライラする対象なのだろうか。日に日に当たりがきつくなってきたようにも思える。


「なーんかピリ付いてるよねー。菜乃ちゃんもそう思うでしょ?」

「まぁ…でも男子って美人なら何でも良さそうですし、部員たちは喜んでるでしょ?」


 美人の三国さんにはでろアマなのに、女子部マネである私に強くあたってきた男子部員のこと、私はいまだに覚えているからな。

 三国さんの手伝いで洗濯していたら後から追加洗濯持ってきて押し付けられたことも覚えているんだからな。明らかに扱いに差がある。


 所詮顔だろ。顔さえ良ければ全て良しなんだろ。ケッと吐き捨てて鼻で笑ってやると、瑞樹先輩がワシャワシャと頭を撫でてきた。やめてくれないか。


「なんですか!」

「女の子がいると華やかになって場が盛り上がるからいいんだけどさ…」


 ぐちゃぐちゃになったショートカットの髪の毛を手ぐしで元に戻しながら、私は先輩を見上げる。


「複数になると、いらん争いが勃発しそうと言うか…」


 彼の視線は男子部マネージャー2人に向いている。土瓜さんが三国さんにきついことをいうもんだから、三国さんは落ち込んでいるようだ。


「うちは強豪ってわけじゃないから2人もマネージャーいらんけどね」


 瑞樹先輩はそう言って、私にボールをパスしてきた。びっくりしつつもしっかりキャッチする。


「なんですかこのボール」

「1on1しようよ」

「しません。私はマネージャーなんで」


 部員たちの目があるのに出来るわけがないでしょうが。ペイっとボールを返すと、私は踵を返した。

 瑞樹先輩が後ろで「菜乃ちゃんのいけずー」と文句つけてきたが無視である。


 そもそも、女子バスケのマネージャーである私は男子部のマネージャーたちに何かを言える立場ではない。ちらりと彼女たちに視線を向け……不穏な空気を感じ取りつつも傍観に徹することにした。



■□■



 新たに入部したマネージャーとバスケ部員が堂々と部内恋愛をはじめた。

 一応バスケ部内での恋愛は禁止という昔ながらの掟があるのだが、それを堂々と破っての交際。

 まぁ、掟とは言ってもケジメのためにある決まり事なだけであって、部員同士がこっそり交際する分は皆目を瞑ってくれる。

 しかし、彼らのそれはあからさますぎて目に余った。


「あのね、マネの仕事とプライベートは分けて考えてくれないかな、部内の空気が緩んじゃうから」


 恋愛するなとは言わないから、あくまで部活中はやめてくれ。そう言ったつもりなのだが、土瓜さんは急に走り出して、練習試合中の彼氏の背中に抱きついていた。

 おいおいおい。馬鹿かあんたは。危ないでしょうが。


「どうした千雪」

「先輩、竹村さんが酷いの。私達が付き合ってるのが気に入らないって言って…」


 言ってないよ。あんたの耳はどうかしてるんじゃないのか。


「違います。公私混同するなと言ったんです。この際だから言わせてもらいますが、お二方とも、部活中に堂々といちゃつかないでいただけます?」


 以前まで三国さんの仕事を奪っていたくせに、今では彼氏の分の仕事しかしなくなった土瓜さん。その言い訳は「彼氏が嫉妬するから」だと。

 ならマネージャーやめれば? といえば、「彼氏の側にいられなくなる」

 馬鹿か。


 部活はあんたらの私物じゃないんだぞ。ひとりでは捌ききれない仕事に四苦八苦している三国さんを見兼ね、私が男子部員を捕まえて手伝いをしろと命じているのだが、その男子部員たちも少しずつ不満を抱き始めているのだ。


「真面目すぎない? 時代が違うし、そんな決まりはとっくにあってないようなものじゃん」


 そういって2年の原先輩は土瓜さんを守るように前に立った。上から見下されるが、私は怖くないからな。

 わからんやつだな。私は別れろとは言っていない。区別をつけろと言っているだけだ。なんでいじめてるみたいに言われなきゃならんのだ。


「だからそういう話してるんじゃなくて…土瓜さん、現状原先輩の仕事しかしてないんですよ、マネージャーとしての存在意義が疑われているんですってば。彼氏の世話しかしないなら、マネージャー辞めてくれたほうが示しがつきます」

「は…? お前に辞めろっていう権限があるとでも言いたいのか? お前女子部のマネだろ。偉そうに言うなよ。千雪を責めるなら俺が容赦しねーぞ…」


 女の子に向ける視線とは思えない。メッチャクチャ怖い顔で凄まれた。

 私は日本語をちゃんと話してるつもりなんだけど、何故伝わらないんだ。そもそもなんで私が悪人みたいな言い方をするんだ。頭大丈夫か、この二人。

 私はこの人達の言動にイライラしはじめてしまい、チッと無意識に舌打ちしていた。


「あ゛ぁん゛…?」


 私が唸り声をあげると、原先輩が訝しげな表情を浮かべていた。

 お前が偉そうに言うなや。お前らは恋愛ごっこのために部活参加しとんのか。そんなんだからあんたはレギュラーになれんのやぞ。何のためのタッパだ。宝の持ち腐れだからその身長私にくれや。

 お前みたいな中途半端なやつが見てるとイライラする。どうせバスケしている自分がかっこいいと酔っているか、モテるからって理由なんだろ。そんなん個人の自由だけどさ、私情挟みまくって周りの人に迷惑を掛けるなと言っているだけなのに何故わからない…!


 ……自分は口が悪いので気が抜いたらぺろっと暴言を吐き出してしまいそうだ。息を吸い込んで、口から飛び出しそうな暴言を飲み込んだ。


「菜乃花ちゃんの言うとおりです! 部活は恋愛する場所じゃないんですよ、みんな一生懸命練習しているのに空気を乱すような真似、良くないと思います!」


 私が歯噛みしているところに口を挟んできた人がいた。驚きの三国さんである。こういう時最後まで我慢していそうなのに意外である。

 彼女も我慢していたのだろうか。笑顔で仕事をする裏で不満を蓄積させていたのかもしれない。そりゃそうよね。最初はきつく言ってきた人間が、今ではサボって仕事押し付けてくるんだもの。挙句の果てに人目はばからずイチャついてさ。

 私が三国さんに同情していると、土瓜さんの彼氏である原先輩は鼻で笑い飛ばしていた。


「…三国お前、自分が我慢してるからって僻んてるんだろ」


 ……?

 それはどういう意味だ?


「お前、キャプテンのことが好きなんだもんなぁ。キャプテン目当てで入部したけど、恋愛禁止の掟があるから素直に我慢してきたんだもんな。…俺たちのことが羨ましいからそんな事言ってくるんだろう」


 ……そうだったの?

 すっかり毒気が抜けてしまった私は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして三国さんを見た。

 それは私だけでない。他の部員もそうだ。一斉に三国さんへと視線が集中していた。図星だったのだろう。三国さんは赤面し、そしてブワッと泣き出しはじめた。


 ──そりゃそうだ。秘めていた想いを他人から暴露されたら泣きたくもなるだろう。


「ちょっと! なんてことを言うんですか! いくらなんでも無神経が過ぎます!」


 無神経すぎる! そういうデリケートなことを公表するのは嫌がらせもいいところだぞ!

 私が原先輩に苦情を申し立てると、彼は苛ついたように睨みつけてきた。


「先輩相手に1年が口応えすんな」


 ただ1年早く生まれた来ただけで…くそ、部活の年功序列め…! 私はぐぎぎ…と歯を噛み締めて言い返せずにいた。


「そもそも…竹村、お前が偉そうに言えたことか?」

「は?」


 何が? また1年だからって言うの?

 それならあんたの後ろに隠れてニヤニヤしている土瓜さんも1年だからな? この人は部員全員ナメてるからな?


「つーかお前らのせいで部の空気が緩んでんの。土瓜はあからさまに贔屓してるだろ」


 話の流れを変えるかのように割って入ってきたのは瑞樹先輩であった。彼は怒りに震える私をなだめるようにわしゃわしゃといつものように頭を撫でると、仕上げにポンポンと軽く叩いてきた。

 瑞樹先輩が口を挟んだことで、原先輩はムッとした顔をしていた。


「マネが2人いても、結局は三国がひとりでバタバタ動き回って、見兼ねた菜乃ちゃんが部員招集して、俺らがヘルプに入ってんだぜ」


 そうだそうだ!

 その度に練習時間が削れていく。

 真剣に取り組んでいる部員たちは悔しいだろう。マネージャーという存在が2人もいるのに、その片割れは彼氏の世話をしていちゃついている。何ていうか見せつけているようで腹が立つだろう!


「それは三国がトロいから」


 だから人のせいにする前に自分らの行動を省みろ! あんたらお似合いだわホント。


「話をすり替えるなよ。…こんなんじゃ男子部に2人もマネいらないじゃん。土瓜も原の世話だけしたいならマネやめろよ。俺らの士気に関わるし……お前らさ、自分たちが周りからどんな目で見られてるか理解したほうがいいよ」


 瑞樹先輩はいつものおちゃらけた雰囲気もなく、真面目に言い放った。…いつもそうしていればカッコいいのになと思ったのはここだけの話である。


「…三国は頑張ってくれてるよ。皆がバスケに真剣だから私情を挟まないようにしてるの。それを隠して頑張ってる三国を馬鹿にする資格、お前らにはないよ」


 庇ってあげるとかいい所あるじゃん、先輩。


「やる気ないなら部活来なくていいよ。ていうか原、お前デリカシーなさすぎ。中学生かよ」


 冷たく放たれたチームメイトからの言葉にカッとなりかけた原先輩だったが、周りのチームメイトの視線も冷ややかであるとようやく気づいたのだろう。舌打ちすると、タオルを投げ捨ててひとりでどっかに走っていった。

 その後を土瓜さんが追いかけていったが、後は2人でどうとでもなればいい。


 グスグスと泣いていた三国さんは女子部の部員から背中を撫でられていた。


「飴あげるから泣き止みなって。あ、チョコもあるよ」

「あんたとろいけど、私達に迷惑にならないように必死に頑張ってきたんだもんね。あんなん気にしなくていいよ」

「恋愛禁止の掟とか、コソコソ交際する分にはみんな誰も何も言わないから気にしなくていいのに」


 当初はマドンナ扱いの三国さんを苦手な対象としてみていた女子部員たちだったが、今回のことは流石に可哀想に思っていたのだろうか。飴やらチョコやらあげて慰めてあげていた。

 距離があったはずの彼女たちはなんだか距離が近づいた気がする。


「そうそう、俺と菜乃ちゃんもひっそりコッソリ仲良くしてるし」

「…は?」


 ガシッと肩を掴まれたかと思えば、瑞樹先輩が訳のわからないことを言い出した。


「どこがだよ。牽制して見せびらかしてるくせに」


 男子部員に吐き捨てるように言い返され、瑞樹先輩は「えー?」とかわいこぶってとぼけている。図体のでかい男がそれをしても滑稽に映るだけなのだが…


「私は存じ上げませんでしたが…なんですか、こわい…」


 怖いなイケメン。なに人のこと彼女扱いしてんの? パリピの中では勝手に人のこと彼女扱いにしてもいいルールでもあるの? 怖いんだけど。

 私が瑞樹先輩の手を振り払うと、「振られたー! 慰めてー」と男子生徒に熱いハグをして、くっつくなと拒絶されていた。

 その様子はいつものお調子者瑞樹先輩である。…なんだ、場を和ませただけか。



「百合ちゃん…」


 男子部キャプテンがそっと女子たちに囲まれる三国さんに声をかけると、三国さんは涙に濡れた瞳で彼を見上げていた。そして恥ずかしそうに目をそらすと、再び新たな涙を零した。

 そんな三国さんをキャプテンが熱く見つめているのは気のせいではないだろう。


「ごめんなさい、迷惑はかけないつもりだったんです。私はただ先輩の側にいられたらそれだけで良かったのに」


 いじらしい告白をする三国さんは女の目から見ても可憐で可愛らしかった。

 キャプテンもときめいたのだろう。腕を伸ばして三国さんの頬を流れる涙を拭ってやると、彼女を抱き寄せていた。


「先輩…」

「大丈夫だ、泣くな百合…」


 うわ、さり気なく呼び捨て…ちゃっかりハグ…頭なんか撫でて……うわ、うわぁ…


「おそっ。せめて瑞樹先輩よりも先に庇ってあげたらどうなんですか」


 いい格好しようとしているが、私からしてみたらどさくさ紛れに美味しいところだけ貰っていこうとする卑怯者である。

 マドンナが自分のことを好いている? ラッキー彼女ゲットだ、やったね! と漁夫の利を得ているだけでのずる賢い男にしか見えない。三国さん趣味が悪くないか。


「菜乃ちゃんお利口さんだから黙ってようねー」

「むぐ」


 私は背後から瑞樹先輩に口を手のひらで塞がれると、そのままその場から引き剥がされたのであった。


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