パリピな男子バスケ部員と女子部マネの私。
スズキアカネ
陽キャな先輩と私。
──ガコンッと音を立ててゴールリングに入ったバスケットボール。私はそれを見上げて一息ついた。
我ながら未練がましい。
どうしてもバスケと関わりたくて高校でもバスケ部に入部した。ただし私のポジションはマネージャーだ。
「ナイッシュー! 上手だね!」
突然背後から掛けられた言葉に私は思考の淵から浮上してぎくりと肩をこわばらせた。
後ろを見るとそこには長身の男子生徒。男子バスケ部の2年の先輩であった。
「ずっと見てたけど、バスケ経験者だよね? なんでマネしてんの?」
その問いに私は俯く。
自分が誰よりも何よりも聞きたい。
何故私はバスケが出来ないのかって。
私は小学生の頃はそこそこ背が高かった。クラスで背の順に並んだら女子で一番最後だった。その背の高さを買われて、地元のジュニアバスケクラブに入り、そこでバスケに目覚めたのだ。
中学にはいってもそれは続き、部活で活躍していた。──だけど、私の背はそこで止まった。どう頑張っても私は152cmのままでそれ以上は伸びなかった。
普通の女の子なら別にそう騒ぎ立てるような身長じゃない。その程度の身長の子はたくさんいる。ヒールの靴を履けば身長は詐称できる。
だけどスポーツの世界では致命的だ。ドラマや漫画の世界で低身長主人公が活躍するものがあるが、あれは所詮幻想。よほどの才能と運がなければあんなに輝けるわけない。
その上、私は技能を磨こうとして無理したせいで怪我が癖になっていた。……度重なる怪我、そしてあとから入ってきた高身長の後輩に追い抜かされて、私は試合に出られなくなってしまい……それでとうとう私は心が折れてしまった。
「低身長と怪我でプレイヤーからは引退しました。…マネをしているのはバスケが好きだからです。バスケが出来なくても、バスケに触れていたいからです」
余計に辛くならないかと両親にも心配されたが、それはそれ、これはこれなのだ。未だにプレイヤーを見ていると羨ましいなと悔しい気持ちになることもあるけど、自分に出来るのは部員をサポートすることだけ。
女子部にはなかなかマネージャーが来ないとのことで、バスケ経験者である私の入部は部員たちに喜ばれた。彼女たちを支えるべく影に日向になっていくのも悪くないと考えている。
私とははじめて言葉を交わしたであろうその先輩はその辺に転がっていたバスケットボールを拾っていた。
「うぇーいパース」
「!?」
突然のパスボール。私はつられてそのボールをしっかりキャッチした。
「勘は鈍ってなさげだな!」
「急になんですか!」
「無理しなきゃ大丈夫だろ? 俺のレギュラー入りのために手伝ってくれよ!」
「私は女子部のマネージャーなんですけど!?」
先輩は慰めるでもなく、同調するわけでもなく、私に練習に付き合えと命じてきた。それは、はじめて会話する後輩に対する発言なのだろうか。しかもプレイヤーを止むに止まれぬ理由で引退した人間に対する……
しかしプレイをし始めたら私は文句を言う余裕すらなくなった。
ボールを触ることはあったけど、こうしてコートを走り回ることはなかった。
目の前にいるのは背が高い男子だけど、周りには人がいない。私は高い壁に囲まれるわけでもなく、すり抜けようとすればいつだって抜け出せた。
楽しい。こんなに楽しいと思えたのはいつぶりであろうか。身体にまとわりついていた鎖が解けて自由になったみたいに身体が軽くなった。
私は先輩の妨害を避けて避けてバスケットゴールを目指した。そしてボールを投げるのに踏み込んで放つと、リングの中にボールが吸い込まれていった。
「ちょっとー! 文句言ってた割にはマジになってんじゃーん!」
わっしゃあと頭を撫でられたかと思えば、先輩はしゃがんで私の顔を覗き込んできた。その仕草が子どもに対する態度みたいでなんか気に入らない。
「子ども扱いやめてもらえますか?」
「えー? 撫でられるの嫌? じゃあこうか」
口をとがらせた先輩は膝を曲げて私の前でしゃがみ込んできた。それはそれで腹が立つな。
「名前、たしか
「いきなり名前呼び、馴れ馴れしいな」
「あれ? 俺先輩よ? 君より一学年先輩ぞ?」
そうは言われても馴れ馴れしいものは馴れ馴れしい。名字飛び越えて名前でちゃん呼びって……あ、わかったぞこの人はパリピだ。チャラ男だ。よく見たらイケメンだぞ。高身長にイケメン、コミュ強な男は女性にもてるという。そうして無理やり距離を詰めた後に女を落とす算段なんだな。怖い。パリピ怖い。
「いいですか、私のことは竹村さんと呼んでください」
「あれ? 俺嫌われちゃった?」
それが私と
短時間一対一でバスケ練をして言葉を交わした程度の交流。
なのだが気に入られたのか、面白いおもちゃを手に入れたと思われたのか……瑞樹先輩は私を見かける度にからかってくるようになった。
ちゃっかり菜乃ちゃん呼びなんかして。
■□■
男子バスケ部にも女子マネージャーが存在する。
男子部に限っては最初の時期は3年の前任マネがいたんだけど、その人は受験のために夏休み前に一足先に引退してしまった。今は私と同じ1年の女子が男子部のマネージャーである。
お互い同じ位の部員数なので仕事量も変わらない。なのだが、その子はどうにも要領が悪いのか時折私が手伝ってあげることが多かった。
「菜乃花、あんたは女子部マネだから、男子の方の手伝いしなくていいんだよ?」
「大体あの子、男にちやほやされてお喋りしてるから仕事が捌けないんでしょ」
先輩方が私を心配して、忠言してくるが、私は苦笑いして返した。
「あはは…
三国百合さんというのが男子部マネの名前だ。名が体を表すとはよく言ったものだ。彼女は純潔の百合のように美人さんであった。むさ苦しい男子たちの間に咲く百合。モテないわけがない。彼女はあっという間に男子部のマドンナとなり、それをあまり良く思わない人がやっかむという悪循環が起きていたりする。
なのだが、私は彼女のこと別に嫌いじゃない。ドジだなーとかとろいなぁとは思うけど、彼女は怠けているわけじゃなくそれで精一杯なのだ。選手たちを支えたいという気概だけは伝わってくる。
だから私も合間を見て手伝ってあげてるけど、全部というわけにはいかない。だって私には女子部マネージャーの仕事があるし。
夏の合宿ということでたくさんの仕事が舞い込んでくるため、私は自分の仕事で手一杯だった。
今晩の夕飯の仕込みは先にしたし、お米のタイマーセットした。後はサラダとお味噌汁…あ、洗濯しなきゃ。その前に足りないものの買い出ししなきゃだし……目が回る忙しさでバタバタしていた私の目の端で同じく三国さんもあわあわしていた。だけど私には気にかける余裕もなかった。
「ど、どうしよう、菜乃花ちゃん」
半泣き状態で夕飯の時間に泣きついてきた彼女を見た時ものすごく嫌な予感がした。
女子部の部員たちに火を通してラップしていた豚の生姜焼きを配膳し、各自レンチン、ご飯や味噌汁はバイキング形式でよそってくれと指示しているその横から声を掛けてきた彼女はしゃもじを持って震えていた。
何事かと思って彼女に事情を聞いたら……
何ということでしょう。
肉じゃがを作ったというが、その肉じゃがはお鍋の中でグズグズに崩れていた。
「……三国さん、火加減はどうしたかな」
「えっ…中火?」
「弱火じゃなきゃ煮崩れしちゃうよ…」
初歩的なミスを犯してしまったらしい。
副菜とお米と味噌汁は大丈夫なようだが、肝心のメインがグズグズのどろどろ…
「百合ちゃーん? 飯はァー?」
腹をすかせた男子部員が厨房を覗き込んで聞いてくる。それに三国さんはビクリと肩を揺らした。
「ご、ごめんなさい…」
彼女は泣いてしまった。
だが誤解するな、これは彼女自身が自分の不甲斐なさに泣いているだけだから。ただ、それがわかんない人は誤解してしまうんだけどね。
「うわっなにこれゲロ!?」
「失敗しちゃったの…」
見た目の感想を無遠慮に吐き出した男子は泣く三国さんを見下ろし、そして隣にいた私に視線を向けてきた。
「おい。お前ぼーっと突っ立ってないで手伝ってやれや」
「…は?」
なんでや。
何故、自分が責められなくてはならないのか。意味がわからずポカーンとしていて反論するのを忘れていた。
私は確かにたまに三国さんを手伝っていたが、それはボランティア。男子部のお世話は私の仕事ではないのだ。なのに今、まるで私が怠けているような発言をされました?
「あんさぁ、そもそも菜乃ちゃんはお前らのマネじゃねーから」
私が腹の中で文句を返していると、そこに瑞樹先輩が割って入ってきた。
「だけどマネはマネだろ。手が空いてるほうが手伝うのは普通だろ」
しかし男子部員は腹が減っているので誰かを責めたい心境のようだ。それなら三国さんを責めてくれたらいいのに、何故私に責任転嫁するのか。
「仕事量、男子も女子も変わんねぇんだぞ。そんな言い方ねぇだろ。ここはどうみても三国の責任だ。責めるなら三国を責めろ」
言うことはごもっともだが、責めろって本人前にして言うことなのだろうか。
「菜乃ちゃんは暇を見つけたときに三国の手伝いしてくれてんの。それは厚意なだけであって、義務ではないわけよ」
どうしたんだ瑞樹先輩、急にイケメンみたいなこと言い出して。あ、イケメンか。正規のイケメンがただイケメンなことを言ってるだけか…イケメンって怖いなぁ…
瑞樹先輩はちらりと私の隣で泣く三国さんを見下ろすと、困った顔をして窘めてきた。
「三国も手が足りないなら俺らに言え。菜乃ちゃんは女子部のマネの仕事があるんだから」
ぐりぐりと私の頭を撫でるのは何故なんでしょうねぇ。
やめて。鳥の巣になる。私は口をへの字にして沈黙していたが、カッと目を見開いた。
「──ドロドロ肉じゃがをリメイクします」
「えっ?」
「三国さん! 明日の昼食用のカレーのルゥ持ってきて!」
じゃがいもが溶けてるのはそういうものだと目をつぶってもらうしか無い。とにかく今は早急に夕飯の準備だ!
私は炊けたお米と味噌汁副菜を各自でよそって待ってろと男子部員に命じると、厨房から彼らを追い出した。
「ごめんねごめんね」
三国さんは隣で泣いていた。
泣いていてもカレーは出来ないんだぞ。
「いいから、ほら、カレールゥ入れて」
急遽メニュー変更になり、カレーライスなのに和風の副菜と味噌汁がついた男子部の夕飯。だが意外と好評であった。
私は額に滲んだ汗を手首で拭うと、自分も夕飯にしようと自分の分を置いてあったテーブルに向かって……青ざめた。
「何してるんですか先輩!」
私の生姜焼きを、大盛りご飯でかっ食らう瑞樹先輩の姿がそこにあったからだ。
「うまいうまい」
「これは女子部のです! 馬鹿なんですかあんた!」
「生姜焼き美味しい。菜乃ちゃん料理上手だねぇ」
「ふざけんな! 私の生姜焼き!!」
生姜焼きのおかわりないんだぞ! どうしてくれるんだ!
私はガチ目のゲンコツを彼の頭上に振り下ろしたのだが、彼はなんのその。
「俺、石頭なんだ」
お前! さっき言ってたことと矛盾した行動してるぞ! 男児部員が女子部の夕飯盗み食いしていいと思ってるのか!
なのに瑞樹先輩はヘラヘラして残さず完食しやがった。私には男子部のカレー食べていいよと言われたが、お前が作ったんじゃねーだろ。偉そうに言うな。
生姜焼き、地味に楽しみにしていたんですけどねぇ。
私は1週間位根に持った。
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