不純異性交遊は見えないところでお願いします【前編】


「あのさぁ竹村さんって嶋野先輩と親しいよね」

「…親しい、というか……同じバスケ部の先輩後輩なだけであって、私は女子部のマネだからそこまで関わりがあるわけじゃないよ」


 嶋野、というのは瑞樹先輩の名字だ。

 瑞樹先輩からはおもちゃ扱いされているだけというか。仲が悪いわけじゃないけど、親しいかと言われたら…?

 鞄の中に教科書やノートを詰めている私に声を掛けてきたのはクラスメイトの女子だ。昼休みに毎日ヘアアイロンでお手入れしているツヤツヤの黒髪に、休み時間ごとの化粧直しは怠らないナチュラルに見せるメイク、スカートは膝上15センチ、男受けする仕草を研究しているその仕草はまさに女子力の塊…!

 安かったからとお父さんに買って貰った大きめパーカーと制服のスカートをテキトーに着用して、髪はさっぱりショートヘアな私とは真逆である。


「私、嶋野先輩のこといいなって思っていて。今彼女いないよね? 紹介してくれない?」


 首を傾げながらの上目遣いで両手を合わせられたが、彼女よりも私のほうが背が低いので威圧感があってちょっと怖い。まつげナゲェなぁ…

 そんな風にお願いされても困る。私はこれでも忙しいのだ。


「面倒だから嫌だ」


 ただのクラスメイトのために無駄な労力を働きたくない、見返りは何だ。何をくれるんだ。

 私が素気なく断ると、女子力の塊であるクラスメイトはむっとした顔をした。先程までの愛想はどうした。


「もしかしてぇ、あんた先輩のこと狙ってるんじゃないの?」

「そうじゃないけど。ただ単純にめんどい。ちなみに協力したことで私になにかメリットあるかな?」 


 冷めた視線を投げかけると、相手は「んなっ」とキレる一歩手前みたいな反応をしていた。おぉ怖い。

 申し訳ないが、何を言われようと協力はしない。そういうのは自分の力で頑張るべきである。このタイミングで瑞樹先輩から女の子紹介してと言われたのであれば話は別だが、この場合色々面倒なことを頼まれそうだからきっぱり断っておく。


「じゃ、私これから部活だから」


 教室にクラスメイトの女子を残して、私は素っ気なくその場を後にしたのである。






 恋愛禁止の掟事件以降、男子部キャプテンとマドンナ三国さんはお付き合いをはじめたらしい。

 美人な彼女を自慢したいキャプテンは人目はばからず三国さんを溺愛しているが、三国さんはケジメを付けるために心を鬼にしようとしている。そのため三国さんは部活中は部員全員平等に接しようとしているのだけども、逆にキャプテンは独占欲丸出しである。


「お前ら、百合の手に触るな!」

「だめです先輩! 公私混同はよくありません」


 ただ飲み物手渡しただけじゃない。たまたま手がぶつかっただけじゃないか。なのに男子部キャプテンは三国さんを囲うように抱きしめて、部員たちに殺気を飛ばしている。

 私は呆れ返って物が言えなかった。面倒くさい男だなぁ。

 もう私は知らん。それで男子バスケ部が崩壊してももう何も知らんよ。ただし、女子部にだけは迷惑を掛けるなよ、女子部になにか影響があれば私は口出すからな。


 男子部の異様な雰囲気に気づいていたが、私は素知らぬ顔をして練習で汗を流している女子部員にタオルとジャグを配った。はー忙しい。




 部活が終わり、部員が帰った後の部室内を軽く掃除していた私は雑巾とバケツを持って外に出た。外を見るとお月さんが輝いていた。

 もうこんな真っ暗に。この前までは19時になっても明るかったのにな……。流石に男子部の部員も全員帰ったかな。

 ちらりと隣を見ると、私は怪訝な顔をしてしまった。


 プレハブ作りの女子部室の隣には男子部の部室が隣接しているのだが……その前に瑞樹先輩が座り込んでぽけーっとしている姿があった。


「何してるんですか先輩」

 

 居残りして自主練でもしていたのだろうか。私が声をかけると、ハッとした瑞樹先輩は口元に人差し指を乗せていた。何だその可愛らしいポーズ。

 なにコソコソしてんだか…と思って近づくと、その理由がわかった。男子部の部室内ではカーテンも閉じずに、その中でいちゃつく男女の姿があったからだ。

 キャプテンからロッカーに体を押し付けられ、唇を貪られている三国さんが頬を赤くして恥ずかしそうにそれを受け入れている姿を見てしまった私は、目を細めてしょっぱい顔をしてしまった。

 …知り合いのそういう場面はあまり見たくない。今度会った時どんな顔をしたらいいのかわからなくなるじゃないか。


「…止めなきゃおっぱじめるんじゃないですか?」


 面倒くさいので声を抑えずに普通に突っ込んだら、瑞樹先輩がぎょっとした顔をしていた。


「菜乃ちゃん、女の子がそんな事言っちゃ駄目だよ」

「先輩、女に夢を見すぎですって」


 普通にうちのクラスの早熟な女子らはヤッただのなんだのとオープンに話しているぞ。それは男子にも言えることだが……こっちとしてはそんな話を聞かされると気持ち悪いので、人の耳の届かない場所で話してほしいなとも思う。

 私は男子部室前に立つと、扉をガンガンガンと力強く叩いた。


「菜乃ちゃん!?」

「はいはーい、部室内でいちゃつかないでくださーい」


 内鍵はかかっていなかったので、遠慮なくガラッと引き戸を開けると、ギクッとした発情カップルがこちらを見ていた。


「キャプテン、三国さん、分別付けましょう。いちゃつくなら、外かどっちかの家でしてください」

「きゃっ! な、菜乃花ちゃん…」


 私が無遠慮に乱入すると、三国さんは恥ずかしそうに胸元をジャージで覆い隠していた。そしてキャプテンを置いてけぼりにして、そのまま部室から飛び出していった。


「竹村ァァ…人がやっとの想いで…!」


 三国さんから逃げられた男子部キャプテンから恨みがましく睨まれるが、私は冷たく見つめ返して差し上げる。


「堂々と不純異性交遊しないでください」


 あんたらの交際の進捗具合はどうでもいいが、何のために恋愛禁止の掟があると思っているのか。先日騒動を起こして退部した元マネの土瓜さんカップルの事を忘れたのか。


「はぁ!? お前らだって人目はばからずいちゃついてんだろうが!」


 キャプテンの口から責め立てるような発言が飛んできたが、私にはその意味がわからなかった。

 いちゃつく…というのは。


「いや、私達付き合ってませんから。何か誤解されてますが、そもそも好き合ってないですし」


 瑞樹先輩がふざけているから、私達が付き合っていると誤解が広まっているが、私達はまったくもって恋愛感情を持ち合わせていない。好きだって言い合ったことも、手をつないだこともないんだぞ。

 だいたい、瑞樹先輩は別に今さっき2人がしてたこと私相手にしたいとか思わないでしょ。私が男なら、色気ない格好の私に手を出したいとは思わないね。髪が短くて、化粧っ気もない、マネージャー業で手荒れしているし、いつも動きやすさを重視した格好で動き回る私なんか。


「とにかく、表向きは掟を守ってくださいよ。士気に関わりますから」


 なんかもうここ最近のごちゃごちゃで疲れてしまった。私は恋愛青春するためにバスケ部のマネージャーをしているんじゃないんだ。頼むから、部活は部活で分けて考えてほしい。


「もうすぐ最終下校時間ですから、早く帰ったほうがいいですよ、お疲れさまでした」


 私はバケツと雑巾を持ってそのまま踵を返した。

 あほくさ。さっさと雑巾洗って帰ろ。もやもやする気持ちを無視して、水道から流れる冷たい水に顔をしかめたのである。


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