不機嫌な死神

新河誠

第1話 訪れし、運命の未解決事件

「ここはどこだ。なんでこんな所にいるんだ?」

 

 今、俺(野島浩輔)は自分がどこに立っているのか分からない。目に映る景色は通りがかったこともない場所だった。シャッターが多く見える商店街に薄気味悪い吊り下げ裸電球。俺の目の前には女子高生が立っている。その子のことは見たことも聞いたこともない。だが何故か俺の方を向いている。思い切って何者なのか尋ねようと思い、俺は声を発した。

「あの、もしかして僕は君と以前に会ったことがあるかな」

 と、俺が妙に気を遣って、低学年の小学生を相手にしているような話口調で聞いたが一向に返事がないし、まるで俺の話が聞こえていないかのような感じだ。俺はカチンと頭にきたので、その子の肩を叩こうと手を伸ばした。

 女子の体に触れるのは高校3年の文化祭の荷出しで足を躓いた時に偶然、友達だった女の子の胸に手が当たった時以来だったので何故か手が震えた。それでも触れることが今の状況には必要だということを自分に言い聞かせて、思い切って手を伸ばした。俺は女子高生の肩に手が触れたと思い、手を乗せるために力を緩めた。すると、その子の肩には手が乗らず、その子の体をすり抜けてしまった。俺は驚いた。まさか、オカルト現象のようなことが自分の目の前で起きるとは思いもしなかったからだ。俺は考えた。この女子高生は一体何者なのか。俺の頭には2つの候補が上がっていた。幽霊か幻想の中の人物かだ。俺は確かめるために何度もその女子高生の肩を叩こうと手を振った。だが、何度やってもすり抜けてしまう。俺はとうとうやる気をなくし、自分の膝に手をかけて頭を下に下ろして大きなため息をした。そのため息には混乱と不安が混じっていた。不安というのは、自分の体はこれからも他の人には見えず、すり抜けてしまうのではないかというものだ。混乱とは、オカルト現象という信じ難い事に生まれて初めて遭遇したからだ。俺が絶望の淵に立たせられていた時、時計のアラームの音が聞こえ始めた。周りを見てみるが通行人たちは誰も聞こえているような感じはない。俺はそのベルを集中して聞いた。すると少しずつ意識が朦朧として明るい光が目を覆っていた。気づくと、俺はベッドの上で寝ていた。起き上がると、俺はすぐに事の内容を理解した。今まで見ていた人や景色は夢の世界で、俺は単に家のベッドで寝ていただけだった。俺はほっとした。なぜなら、オカルト現象なんて御免だからだ。夢の中で不安に襲われたせいか、お腹が減ってしまっていた。

 朝食を食べようとベッドから立って壁にかけている時計を眠気まじりの細い目でじっと見た。短針は八、長針は九を指していた。俺は寝ぼけた声で時刻を声に出した。

「ハチジヨンジュウゴフン?」

 言った時は何も感じなかったが、少しして事の重大さに気がつき、思わず時刻を叫んでしまった。

「八時四十五分‼︎」

 俺は冷や汗が出た。それは、会社が始まるのが九時だからだ。俺の家は会社から五キロしか離れていない。それでも朝は通勤ラッシュで大通りは大渋滞が起き、歩道は、汗臭いサラリーマンと香水と厚化粧で身をまとう近所の会社の女性会社員、いわゆるガラリーマンによって混みまくる。だから、何を使っても会社に行くのに早くて15分かかる。

 俺は食パンを口に挟んで、急いで家を飛び出した。俺はマンションの35階に住んでいるのでエレベーターに乗った。すると不運にも各階に俺のような急いでいる遅刻住民がいるのか、何回も止まる。階に止まるごとに人が増えていき、とうとう定員オーバーになってしまい、エレベーターが使用不可能になった。まわりの俺への視線が冷たく、俺は階段で降りる羽目になった。三十階から階段で降りたせいで下に行くまでに二十分かかった。俺は疲れ果てた足でマンションから出て、ひたすら走った。会社まで遅刻を防ぐために陸上の世界記録保持者のフォームを真似した。俺が勤めている会社は会社というよりも、ある種の暴走族だ。人を捕まえて、徹底的に言葉を吐かせる。そう、俺が勤めているのは警察だ。警察と言っても小説のように警視庁の捜査一課にいるわけではなく、所轄警察署の八王子署にいる。八王子署と言っても新しく設置された、資料整理兼未解決事件捜査課(略:図書課)といういかにもお荷物くんが押し付けられるような部署にいる。今日も刑事らしい仕事ができないまま書類整理で一日が終わる。はずだった。

 俺が署に着いたのは9時1分だった。普段だったら遅刻に厳しい課長がずんぐり返ったナマズのような顔をして怒鳴り散らすが、今日は幸運にも何故か課長が居ない。疑問と安心感を抱えて自分のデスクに座った。ノートパソコンを開いて電源をつけると2件のメールが届いていた。俺はすぐにメールを開いた。すると一件目には松洛小学校・第47期生の同窓会開催について、という件名だった。開くと、出席の可否を返信してくれとの内容だった。パーティーや同窓会が苦手な俺はもちろん出席不可と返信した。次に2件目のメールを読んだ。そこには、いかにも詐欺紛いな占いの宣伝が長々と文章で書かれていた。こんなメールを警察官に送るなんてと、占い詐欺師を嘲笑った。メールを読み終え、メールボックスを閉じた俺は仕事を始めようと、捜査資料の打ち込み専用ファイルをクリックした。

ーその時ー

 突然、サイレンが鳴り始めた。その正体は俺の向かいの席に座っている松尾大輔が課長のお戻りしらせ、課長に小さな事で怒鳴られないように準備するためのアラームだ。サイレンがなった途端、課の6人が慌ただしく動いて整理整頓をする。もちろん俺も。整理が終わると、すぐさま扉が開いて課長が戻ってきた。戻るなり課長はすぐにデスクに向かった。普段ならば部屋の隅々を事細かに確認するが、何故か今日はしなかった。この行動に他の奴らはキョトンとしていた。デスクの机に座った課長は俺らの方を向いて、喋り始めた。

「うちの課は毎日、毎日、毎日、毎日、書類の整理ばかりをしている。俺を飽き飽きしているんだ。でも、そんな書類整理とも当分お別れだ。」

 課長の発言に課の全員が疑問を抱いた。もちろん俺も。書類整理ともお別れというのは、課が解体されて他の課に移動という事なのか?様々な考えをめぐらせながら話の続きを聞いた。

「ついに、うちの課に初めての未解決事件の捜査命令が下された。」

 この言葉に課の全員が喜びの声を上げた。だが、すぐに収まり課長への質問攻めが始まった。質問といっても捜査内容や現場の場所、発生した日時など基本的な事だ。これらの質問に対して課長はまず最初に事件名を発表した。

「今回担当する事件は13年前に起きた、渡良瀬市連続誘拐殺人事件だ。当時、散々ワイドショーで騒がれていた事件だからお前らも覚えているはずだ。未だに犯人は捕まっていない。当時の犯人の年齢は目撃証言によると17歳だ。だから現在生きていれば30歳くらいだろう」

 課長の発表で喜んでいた者の全てが恐怖を抱いていた。もちろん俺もだ。なぜなら、無差別とも言える誘拐連続殺人に加えて殺害方法も残酷だったため、当時、東京都民全員を恐怖のどん底に陥れた事件だったからだ。


 この時の俺はこの事件の捜査がきっかけで、人生をも狂わせる事になるとは想像もしていなかった。


第一話 [終]

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