第43話 化け物と呼ぶんじゃねぇ
縦横無尽に振り回される触手がありとあらゆるものを破壊し絡め取り、髭のように無数の触手が生えている。その中心にある口の中へと獲物を次々と運びこんでいる。それが粉砕された船の残骸であれ石畳の破片であろうと喰らい飲み込んでいく。
「うぉっ! こいつなんでも食ってやがんぞ! なんて食いしん坊な奴なんだ! アンバーもビックリだぜ!」
ビリーは得意気になって覚えたての知識をひけらかした。
「そういうのは雑食って言うらしいっスよ」
「はあ? 石食うやつもか?」
「……たぶん」
「かーっ! その情報いらねぇ! それより、やれるよな? ビリー」
「気乗りはしないスけど、ぼくもちょっと恨みがあるんスよね。こいつには」
ルディとビリーがつかの間、目を見合わせて悟る。目を引き抜かれ、腹を裂かれて生贄にされ、さらには料理にまでされて喰われた孤児たちの事であろう事を確認する。まるで、孤児である自分たちの仲間が殺されたような気分になっていた。そして想像したのだ。ニーナやミカエル、自分たちの家族が同じ目に合うところを。それが二人にはひどく腹立たしかった。
ビリーは短槍の包みをハラリと解いて煌めく刃をクラーケンへと向けた。
ルディは両手の火打ち指輪を打ち合わせて火花を散らし、チカラを操り火の玉を作り上げる。それを手のひらの上で弄ぶようにポンポンと弾ませる。
「そんじゃまぁ、いっちょやったるか! ビリー!」
「うん! 切り刻んでイカ焼きにしてやるっスよ!」
ビリーの手のひらから短槍に電気が流れ、蒼白い光が刃先から迸り始める。軽くステップを踏むように触手へと駆け出した。
地面を鞭打ち、のたくる触手に刃を振り落ろした。
雷を纏った刃を振り抜くと、石畳をまるでバターのように焼き切り裂かれていく。
メドベキアの町での吸血鬼たちとの戦闘、あれからビリーはマリアと槍と剣の稽古を何度もしていた。それが今、発揮されていた。
ルディが放つ火の玉がクラーケンの触手に当たって弾け、火に巻かれたそばから収縮していく。
ルディは次々と火の玉を作り上げては投げつけた。
「オラオラオラオラァッ!」
マリアは二人の少年の成長を見守った。本当にこの二人は成長した。ルディは我慢を覚えたし、ビリーも自信を持つようになった。今はほんのちょっぴりだが、ゆくゆくはいい男になるのだろう。先が楽しみだとマリアは思った。
マリアはナナを抱えたまま見守るカインの横顔を焦れた気持ちを隠すようにチラリと盗み見た。それに気づいたカインが振り向くと、思わずマリアは頬を蒸気させて視線を落とした。
〈やだ、こんな時に何考えてるんだろ私〉
マリアは腰に帯びた剣を抜き、背中に回していた盾のベルトを左腕に持ち替えた。
「私も行ってくる!」
〈うっひひぃ! こんな時は何も考えずに剣を振るう! それに、私には難しすぎるよ。恋愛なんて……〉
マリアは触手を飛び上がって避けるビリーの背後から、背を狙う触手を断ち斬った。
「ビリー! 後ろが疎かになってるよ。父さんに言われたでしょ?」
ビリーは空を見るように首を傾げ、稽古中にジャックが言っていた文句を思い出す。ため息混じりに言った。
「“目だけに頼るな。鼻と耳を活かし、肌全体で空気の動きを感じろ”っスよね」
「そうよ。よく分かってるじゃない」
分かっていると言わんばかりにビリーはムウッとむくれた。
「ねぇ、どっちがこのイカの足、多く切れるか競走しない?」
「ふふん! いいっスよ! 吠え面かかせてあげるっス」
「言うじゃない。負けたらオヤツの総取りだからね」
マリアは再生しながら増殖している触手を目標に駆け抜けた。横薙ぎの太い触手を踊るように避け、攻撃を剣の腹で受け流す。生えてきたばかりの触手の束に剣を振り下ろし、一息で切り落とす。
〈これで五本っと〉
ビリーは自分目掛けて太い触手が頭上から振り落とされるのに気がついた。
大きくその場から離れたビリーのいた場所を、ビリーの背丈の十人分ほどはありそうな太い触手が地面を揺らした。所々焼け爛れている。誰がやったのかは明白だ。ルディの火の玉だ。
ビリーは雷を纏った槍を振るい触手へと突き出した。
突き刺さり燻る刃先を起点に跳び、槍を抱えるように身体を滑らせて回転した。ビリーの回転に応えるように槍は斬撃を繰り出し、数十倍もある触手を一刀両断。
マリアは思わず感嘆の口笛を吹いた。
〈すごいすごい。この時点で負けだわ。でも、大事なのは本数だって言ったもんね。負けないんだから〉
そんなマリア目掛けて左右から三本の鋭い触手が肉薄する。
マリアはトンと小気味のいい音を立てて腕を畳むようにその場で回転した。左右からの攻撃がマリアの身体ギリギリを素通りしていく。
空中で制止するかのような回転で避けたマリアは片脚を振り上げ、身体の回転の勢いをさらに増して遅れて向かい来る触手を真っ二つにした。
ビリーは賞賛の拍手をして称えた。
「な、なんなんだこの子達は……」
「みんな……化け物じみてる」
「やはり魔女の仲間なんじゃないのか?」
狼狽え、指揮の下がっている兵士たちが思わず口々に言うと、ジャックの中でなにかがキレそうになり、声のした方を睨みつけた。
その中には副団長のダグラスもいた。ダグラスはジャックの黄金の瞳に宿る憤りに渇ききった喉を鳴らした。老兵の元駐屯兵団団長ライオネルはその肩に手を置いた。
「副団長ダグラスよ、お前はまだ若いから言ってやるが……何者にも流されるな。そんな事では団を任せられんぞ」
髭の老兵士はジャックに向かって歩いていくと臆することなく言った。
「ワシは元駐屯兵団団長のライオネル・オブライエンだ。すまんな、ジャックとやら。どうやらこいつらにはジェイムズからの教育が行き届いてないようだ」
ジャックは腹立たしさを押し殺すようにライオネルが差し出した手を握った。
「……いいさ。よくある事だ」
ライオネルは握る手に力を込めた。
「だがな、ジャック。こいつらの不安が当然なのも分かってくれるな?」
「……あぁ、まあね。俺はこんな見た目だし、この子たちは一人一人があんたら全員を相手にできるだけのチカラがあるんだ。そりゃ怖いだろうさ。でもな……だからって、あの子たちを化け物呼ばわりすんじゃねぇよ」
ジャックは金色の目鋭く、牙を剥き出して脅すように言った。だが、ライオネルは眉ひとつ動かさず、その目を真っ直ぐ見つめた。
「ふっ、……この話しはこれが済んでから続きをしようか」
ライオネルは後ろを振り返り声を張り上げた。
「お前ら! 彼らと共同戦線を張る! 文句がある奴は今すぐ出てこい! ワシが相手になってやるぞ!」
ライオネルは端から端まで兵士達を見た。
「どうやら異論はないようだ! 総員、あのデカブツを討ち滅ぼせ! かかれぇぇ!」
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