第42話 渇望

 イタイイタイ喰いたいタベタイ貪りタい。


 ひしゃげたクラーケン本体から伸びる無数の触手を縦横無尽に動かして兵士をもうひとつまみ。横に薙ぎ払らわれた太い触手で兵士の五人の身体が半分抉れて、血が飛び散った。過ぎ去る吸盤に人間の皮と肉が張り付いている。振り落とされた触手で港の石畳が粉砕されて吹きあがった。


 ジャックは力尽き指一本動かせないナナを抱き上げ、迫り来る触手から逃走する。


「は……離れろおぉ!」


 もう一度薙ぎ払われた触手がリースとシャオを襲った。


 戦場に広がる緊張感やむせ返る血の匂い、恐怖に震える阿鼻叫喚に、リースの胸元でビクンっと身震いするほどミカエルが驚き、チカラを解放する。


 青い光が壁を作り上げると触手がぶち当たって激しくシールドが損壊し、ガラスが割れる音を立てた。リースは抱き抱えるミカエルごと空に放り投げられた。海へと落ちる寸前、ニーナのチカラが割れてボロボロになった青い障壁ごと掴んで引き戻す。


 チカラを操ることに集中しているニーナを、ビリーとルディが両脇から抱えて走った。すぐに触手がニーナのいた場所を叩きつけ、割れた触手から口が開いて石畳を貪り食った。


「カイン! この子を頼む!」


 カインは応じて答え、並走しながらナナを受け取り背負って走った。


 ジャックは腰のククリを抜くと鞭のようにしなる触手を潜りぬけて突進する。


 ビュビュンと風を切る音がジャックの頭上を掠め、身体を投げ出すように回転するジャックの刃が触手の一つを切り落とす。


 若い副騎士団長ダグラスは自分でも気づかない言葉を零した。


「す、すごい……」


 ニーナが引き寄せたリースたちが離れた場所に降ろされると、ニーナは自分を抱き抱えているビリーとルディの腹を殴った。


「ぶぐぅっ……」

「ぐべぇっ……」


「レディの身体に気安く触るんじゃないわよっ! この変態どもっ!」


 助けたのにこの仕打ち。文句の一つも言いたいビリーとルディは腹のダメージで声が掻き消えた。


 ニーナはうずくまったルディたちを足蹴に宙を飛んだ。ザッと見えるだけの武器をチカラで浮かべてクラーケン目掛けて飛ばす。乱回転する剣が食いこんで止まり、矢が突き刺さる。


 酷く機嫌の悪いニーナは、死んだモンスターの身体をも浮かび上がらせる。


〈あによっ! ルディもビリーもあんな子たちにデレデレしちゃってさ! あぁ腹が立つ!! だいたいなんでそんな事でこのあたしがイライラしなきゃなんないのよ!〉


「~~~っ! こんのっバカタレがぁぁぁぁあああ!」


 完全な八つ当たりで武器の雨をクラーケン目掛けて降らせた。


 槍がクラーケンの頭部に降りかかり何本かが刺さり、何本かが弾かれた。


「ギイィィィイッ!」


 クラーケンは痛みに狂い叫ぶ。


 触手が死んだ兵士やモンスターを見境なく掴み、半壊している口元へと運ぶ。グチャグチャと吹き出る血を舐め回すように音を立てて食べ始めた。


 生命エネルギーを取り入れた事で、切り落とされた触手やナナの魔法で貫かれた大きな傷が再生を始める。


 暴れ始めた触手を避けようとジャックは飛び跳ねて後退する。


「クソっ! 厄介だな」


 避け損なった触手の吸盤がジャックの背中を叩きつけるように吸い付いた。


「ウワッ!」


 宙高く上げられ、背中が何かに強く引っ張られる感覚がドンドンと強まり激痛が走った。


「ウッウゥゥァギャアアァ」


「父さん!」


 カインの撃った弾丸とシャオの猟銃が放つ弾丸が交差し、締まり続ける吸盤を撃ち破った。


 地面に落下したジャックは地を蹴って後方へと離れた。


「グゥ……ウッルルルル」


 痛みに呻くジャックに走り寄ったシャオは顔をしかめた。背中の筋肉が皮ごと喰い破られ骨や内臓まで見えていた。すぐに血が滲み出てきて背中は真っ赤に染まっていく。


「ひ、ひどい……」


 マリアは走ってくるとその背中にチカラを使った。すでに始めていた再生能力と、マリアの癒しのチカラのおかげでみるみるうちに動けるようにまで回復していく。


 ルディとビリーが駆けつけ、アンバーも合流した。


 アンバーもジャックの血に染まった身体を拭くものが、何かないかとポーチをゴソゴソと探って眉を寄せた。


〈なにか忘れているような……〉


 手のひらをポンと叩いたかと思うと首にかけた紐をより合わせたネックレスを引き出し、ようやく到着したルディに差し出した。


「はい! もぉ! 首から外れないように縫いつけときなよ」


「フン! うるせぇや!」


「なんですって! せっかく持ってきてやったのに!」


 ルディの後ろに忍び寄っていたマリアが、ルディの頭にゲンコツを振り下ろし鈍い音が響く。


「いぃってぇぇぇ……」


「ありがとうでしょっ!」


「うるっ……、ハイ、アリガトゴゼマスデス……」


「よろしい!」


 マリアとアンバーは視線を合わせてふふっと笑う。それを見てルディはボソッと言った。


「チェッ……なんだよ。気味わりい」


 ルディは二人のやり取りを尻目にブツクサと言いながらも火打ち指輪をはめた。


「だけど……まあ、これでようやく反撃開始だぜ! ブタガエル野郎!」


 ビリーがボソッと一言水を差す。


「今はイカっスけどね」


「じゃあ……イカブタガエル?」


「もう、イカでいいじゃないっスか」


「じゃあ、イカ焼きにしてやる!」


 建物の上でくだらない不問なやり取りを見ていたニーナが、フワリとチカラを使いながらルディの横に降りてきた。怒りも顕な鋭い目を向けた。


「……な、なんだよ」


「ふーんだっ! べっつにぃ! 早くやりなさいよ! 手伝ってなんかやらないんだからね!」


「な、なんなんだよ、みんなして機嫌悪いな。行こうぜビリー!」


 言い放つとルディはその場から一目散に戦いの場へと赴いて行った。

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