第44話 ルディの必殺技

 兵士たちは猛り狂い続けるクラーケンから距離を取り、アンバーは兵士たちと共に矢を放ち、槍を突き出して戦った。


 シャオは猟銃を構えて撃ち、その傍でリースは膝をついて神への祈りを唱えている。ミカエルもリースを真似てたどたどしく唱えた。


 カインは未だ疲労で立つこともままならないナナをリースに任せると、拳銃に弾を込め始める。


 ニーナはチカラの反動で垂れる鼻血を拭い、周囲の様子を見ようと崩れた家の上に立ち、腕を組んで見守った。チカラの回復を早める美味しい大好きなリンゴがもっとあればいいのにと一人思う。


 ビリーやマリアが斬り捨てた触手は、その場で未だに意志を持っているかのように蠢いていて、兵士の数人が組みつかれないように槍を弾力のある表面に突き刺し押さえつけた。それでも力負けして振り回されそうになっている。実際、たった今兵士の一人が尻もちをついている。まるでちぎれた筋肉の塊のようだ。


 ビリーとマリアは競いながら触手を斬り捨てていくが、斬ったそばから生え変わるように再生を始めている。


 たった数秒前に斬った触手が、すでに再生済みとばかりにマリア達に再度襲いかかる。


 アンバーの矢が大きな帆船のような頭を射っているが、焼け石に水だ。


 シャオの銃弾も三角頭に小さな穴を空けるが、すぐに再生してしまう。


〈このままじゃダメ〉


 ニーナは大粒の汗を浮かべて眠るナナを見つめ、リースとミカエルを守るように、果敢にも触手に切りつけているリンクスを見た。たどたどしい剣さばきだが、雑兵よりは戦えている。


 次に火の玉をぶつけるルディと、萎れて弱り、ブルブルと震える触手とを見た。


〈これって……もしかしたら……〉


 一人で様子見をしているニーナに気付いたルディが噛み付いた。


「おい! なにサボってんだよ! ニーナ!」


 先程いい作戦が浮かんだが、ルディの一言で振り出しに戻ってしまった。


 ムッカァァ。


「……」


「おい! 聞いてんのか?」


 ニーナは知らん顔で思う。


〈フン! あによ、……デレデレしてたクセに〉


 ニーナは頬っぺたを膨らませ、ぷいっと顔を背けた。


 ルディは今まで見たことも無い雰囲気のニーナに動揺した。複雑そうな顔を浮かべポリポリと頬をかく。


〈おれ……なんかしたか?〉


 ビリーに助けを求めるように見ると、一心不乱に触手を斬りつけていた。


 思わずリンクスの方を見ると、リンクスも顔を逸らした。


〈えぇえぇ? なに? なにしたおれ? チャック開いてる? ……開いてないな。なんだってんだよ、クソっ、なんかムカついてきたぞ? ふん、いいさ。ここらでおれがカッコよくイカブタカエル野郎を倒せばみんな褒め称えるに決まってら!〉


 ルディは吸血鬼退治で失敗した必殺技をイメージするように両手を合わせた。


〈そういえば、アイツ……ナナだっけ? 必殺技の名前叫んでたな。アレ……カッコよかったよな……〉


 ルディは手のひらに火の玉を作り、もう一方の手を添えるように構えた。


 チカラを少しずつ強めていくと、赤い火に青い色が混じっていく。それが円を描くように回り、上へと立ち上るような強く青い炎へと姿を変えていく。


〈キタキタ! コレだコレ! おっと……、慌てない慌てないっと。そーっとそーっと〉


 ルディはそっと足を振り上げ、石ころを投げるように振りかぶった。


「いっくぜぇぇぇ! おれさま流、新必殺技!」


『あおボールだまぁっ!!』


 一瞬、辺りの空気が凍りついたような気がした。


 ニーナはその瞬間を見ていた。


〈うわっ……ダサっ! マイナス一〇点! しかもボールと玉は同じ意味よ。バカルディ〉


 蒼炎の玉は地を滑るように走り、クラーケンの頭部に触れるとその質量に似合わぬ大きな爆発を起こした。その炸裂はクラーケンの頭部の一部の肉片を辺りに散らすほどだ。


「すっ……すんげぇぇぇっ」


 予想以上の爆発に、思わずルディは驚き、叱られると思いジャックとリースの方をチラチラと見ていた。吸血鬼を退治した後、ダイナマイトを盗み、勝手に使ったルディはこっぴどく叱られたのだ。


 ジャックは狼の牙をむき出しニッと笑い親指をあげて褒めた。


 ルディは頭の先から足先まで嬉しくなり、もう一度青い炎を作り出そうとチカラに集中を始める。頭を焼かれたクラーケンの太い触手が、ルディの頭部を目掛けて振り下ろされる。


 一瞬早くジャックが気づき、赤いマフラーをたなびかせてククリを振るう。


 中ほどまで刃が食い込むが、大きな触手の中ほどまでしか切れなかった。


 ニーナの太もものベルトに刺されていた棒手裏剣が、さらに触手を下から束になり突き上げる。斬られた部分をさらに肉を切り開くように棒手裏剣が押し進むが途中で止まってしまった。こうなってしまってはニーナのチカラ勝負になるが、その勝負は呆気なく一瞬で終わる。


 ルディが気づき、見上げた空は月明かりや雲泳ぐ夜空ではなく、真っ黒な吸盤付きの大きな影だった。


 ニーナとリンクスは届くはずのない手を伸ばし青白い顔で叫んだ。


「ルディーッ! いやぁぁぁっ!」



 ***



 地を揺らし粉塵を撒き散らしながら、大きな触手は蠢く吸盤で石畳を砕いた。


 リンクスがその場に跪き、青白い顔をさらに白くして震えあがる。


「そ、そんな……」


 ニーナの膝がガクガクと恐怖に震える。スカートがフワリと揺れ、力の抜けた脚が耐えきれず尻もちをついた。


「ダメよ……ダメ……そんなのって」


 ニーナの脳裏に、砂埃の先で押しつぶされたルディの姿がそこにある気がしていた。見たくはない。認めたくない。それでも砂埃が収まっていくのを眺めていた。なぜか目が離せない。


 その粉塵の中にいたのは身の丈程もある両刃の斧を携えた、酒場『酔龍よいりゅう』のウェイトレスだった。その足元で頭を抱えて死を覚悟し、しゃがみこんでいたルディがポカンと見上げている。


 肌の露出が多い鎧を着たウェイトレスはツインテールを揺らし、大きな斧を振り下ろした。細い華奢な腕で地面を這って逃げようとする触手を半ば押しつぶすように叩き切って言った。


「アタシはエイリーン・ボセック! 冒険者ギルドはこの戦に加勢する! 誰も異論はないな!」


 酒場での黒く濁ったような目とは違い、生き生きとした目を爛々と輝かせ、キャピキャピと万人に媚びたような喋りとは打って変わって男勝りな声音で言った。


 誰の返事も待たずエイリーンは走った。


「オラオラオラオラァ! ハッハー!」


 狂喜乱舞するエイリーンは大の大人一人分の重さはあろうかと思われる大斧を軽々と振り回し触手を小間切れにしていく。


 元駐屯兵団団長のライオネルは呼応するかのように走り出し、エイリーンに並ぶと言った。


「久しぶりだな小娘」


「小娘って呼ぶなセクハラじじい。それに今朝会っただろう? とうとうボケたか?」


「クハハッ、まぁいいわい。それより、ギルドが動くという事がどういうことか分かってるんだろうな?」


 エイリーンは迫り来る触手に大斧を振り下ろし地面に叩きつけた。


「ここで動かなければ、なんのためのギルドか分からなくなる。アタシが一人で責任を持つさ」


 ライオネルはエイリーンを見つめ、その目にこの街で生まれ育ったエイリーンの幼少期が去来し浮かび上がった。


 ライオネルは含み笑いを始め、やがてそれは大笑いになった。


「……くくくっ、クハッハッハッハッハッハ! 言うようになったじゃないか小娘!」


 そのライオネルの背後から触手が襲うと、ライオネルは腰に帯びた剣に手をかけて、目に見えぬほどの斬撃を放った。


 細い触手とはいえ真っ二つにしたライオネルの腕が相当なものだと伺えた。


「ワシが今ここで正式に依頼する。この怪物退治を手伝ってくれ。冒険者エイリーンよ」


 間髪入れず、ライオネルは鎧の隙間に手を突っ込んで皮袋をエイリーンに放った。思わずキャッチしたエイリーンは面食らった顔でライオネルを見た。


「これで依頼成立、そして責任はこの老骨がとる」


「ま、待て! これはギル……」


 ライオネルはエイリーンに手をかざして言った。


「まだまだ小娘如きに責任なんぞ取らせられんわ」


 言ってライオネルは口の端を持ち上げて走った。


「くっ……くく、クッソじじいっ!」


 エイリーンはライオネルの後を追うように走った。



 ***



 ルディは酒場のウェイトレスに助けられたのかと不思議そうに見つめ、見知らぬ老兵とのやり取りを眺めていた。


 ニーナはルディに走り寄り、腕を、肩を掴んだ。ルディが五体満足の怪我一つないことを上から下まで確かめ、脳天に一撃を食らわせた。


「いってぇっ! あにすんだよ! バカニーナ!」


「バカはあんたよっ! もうちょっと周りも見なさいよ! 死ぬところだったんだからねっ!」


 ニーナは顔を真っ赤にして、目をうるませて言った。


「もし死んでたら、ホントに殺してやるところだったんだから……バカ……」


 ニーナの目から耐えきれなくなった涙が頬を伝うと、それ今気づいたかのようにニーナはそっぽを向いて袖で涙を拭いた。


「お、お前……もしかして……おれに惚れてるのか?」


 ニーナの拳がルディの頬を捉えると身体が宙を舞った。


 リンクスはニーナ同様、走り寄ろうとしていたが、立ち止まりその様子を見ていた。続いて失った目が痛むかのように押さえてその場から離れた。

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