第30話 騎士ジェイムズ・ウィンター

 カインが拳銃の撃鉄を起こし、迫るゾンビの頭を撃った。頭蓋に穴が空いて力なく倒れ込む。


 マリアの振るう剣が、スケルトンの弱点である呪詛の札を探り当てて叩き斬った。


 スケルトン最後の一体が倒れると感嘆の声が上がり、同様に不審な声も上がった。


 剣を収め、拳銃の弾を押し込むマリアとカインに遠巻きに見ていた兵士の中の一人が歩み寄り言った。


「君たちはいったい? もしかして冒険者なのか?」


「あぁ……いや、僕たちは……」


 カインは言い淀み、マリアと見つめ合って困ったように愛想笑いを浮かべた。背中におぶわれたままのミカエルが屈託のない声を上げる。


「こんちゃぁぁ」


 兵士はミカエルに瞬間微笑みをこぼし、すぐに取り直して言った。


「冒険者のように街を守る義務もないのに戦ってくれたのか。……おっと、これは失礼。私はこの十字軍駐屯兵団団長、ジェイムズだ」


「あ、僕はカイン、カイン・パウルです。こっちはマリア。そしてこの子がミカエル」


 ジェイムズは顎髭を撫でて言った。


「こんな子供たちが……君たちのおかげで今回の騒動が収まりそうだ。君たち、本当にありがとう」


 カインはマリアに目配せをして言った。


「あなたが駐屯兵団団長なら、一つお願いがあるのですが」


「おお、なんなりと。私で出来ることなら力になろう」


「実は……」



 ***



「クッソッ! ったく! こいつらしつこいな!」


 ジャックの振るう斧のように先端に向かって重い剣、“ククリ”がゴブリンの二体を斬り伏せる。


 跳ね橋の前まで後退し、ジャックがゴブリンの相手をしている最中、ニーナはクネクネと身体を身悶えさせながら二つ目のリンゴを頬張っていた。


「んんー! おいっしー! はぁ、もう……最っ高!」


 大好きなリンゴを食べることで、ニーナの脳内に幸せホルモンが分泌されてチカラの回復を早めていく。


 跳ね橋の正面をニーナのチカラで小屋の残骸を使って木の杭で柵を作って陣取っていた。


「ホイッ、ホイホイホイッと」


 前線で武器を振るうジャックから逃れ、柵へと向かう個体は、ニーナが鼻歌混じりに指を弾く動作をすると共に杭で身体を撃ち抜かれていく。


 ずる賢いゴブリンの数匹が別働隊として草むらを這い進み、上機嫌で小躍りしているニーナの背後に回り込んでいた。過去の血糊ですっかり錆びた短剣を手に、好機とばかりに草むらから立ち上がるが、当初からチカラの目によって気付いていたシャオに猟銃で撃ち抜かれた。


 ジャックはククリを振り回して応戦しながら戦況を見る。


 ニーナはリンゴを食べながら幸せホルモンを満喫中だ。薔薇色の頬っぺたでまるで酔っ払いのように踊っている。シャオはすっかり回復したリースを守りながら、柵の隙間から、弓を持ったゴブリンを狙い撃っていた。


 これでなんとか当面は凌げるだろう。


 しかし、ニーナのチカラにも限界はあるし、弾数も限られる。俺もいつまでも戦えるわけではないだろう。なにしろ月が沈むと人間に戻ってしまうのだ。リースの傷の回復のために吸血させた為かジャックは立ちくらみを覚える。ジャックはリースたちに気取られぬよう平静を装った。


〈何か打つ手は……〉


 ジャックの人並み外れた獣耳がピクリと反応する。後方で重厚な鎖が擦れる音が聴こえたのだ。


 後方へと地を蹴ると同時に、正面から短剣を振り下ろすゴブリンを薙ぎ払う。音のする後方を見上げた。


〈まさか……跳ね橋が降りてくるのか?〉


 その予想通りにゆっくりと跳ね橋は降りてきて重厚な音とともに崖にかけられた。今ではトラキアの街に辿り着いた時のように跳ね橋が地面と一体化している。


「父さん!」


 カインとマリアが手を振り、降りたばかりの跳ね橋をこちらへと走ってくるのが見えた。


「カイン! いったいどうやって跳ね橋を降ろしたんだ?」


 カインは親指で後ろを指さした。跳ね橋の柱に備え付けられている松明に照らされ、甲冑を着込んだ兵士が三人カインの後ろから歩いてくるのが見える。そのうちの一人が狼狽えたように言った。


「な、なんだ? 今度は狼男か?」


「ウゲッ! 十字軍兵士?」


 二人はお互いを見て仰天し、武器に手をかける。


「待って! 二人とも!」


 カインは双方を制し、ジャックへと手を伸ばして銀毛に被われた腕を掴んで言った。


「父さん、彼は駐屯兵団団長のジェイムズさんだよ。彼が跳ね橋を降ろしてくれたんだ」


 カインは同じようにジェイムズの方へ手を差し出して言った。


「ジェイムズさん、こっちは孤児院のジャック神父、……あの、えっと、そのぉ……今は狼男に見えるかもしれないけど……神父なんだ」


 カインは苦しげに説明して、ジェイムズを見て薄ら笑いを浮かべた。


 ジェイムズはじっと狼男の目を見据えた。大柄な身体に窮屈そうな鎧姿で歩いてくると、ジャックに手を差し出した。


「私はジェイムズ、ジェイムズ・ウィンター。駐屯兵団団長だ。街に現れたモンスターから皆を守るために、この子たちは勇敢に戦ってくれた。礼を言うよ。ジャック神父」


 ジャックは面食らったように差し出された手を握った。ジェイムズは警戒を解かずニヤッと笑う。彼の警戒心は未だ解かれてはいないが、利き手を差し伸べてくれたという事は当面の間は信用するという意思の表れなのだろう。


 ジェイムズはニーナの作った柵の手前まで歩き、剣を抜いた。


「さあ! 兵士たちよ! 正門前のモンスター共を片付けろ!」


 兵士たちは呼応するようにゾロゾロと出ていくと三位一体と隊列を組み、前進してゴブリンと戦い始めた。


 その様子を見ていたジャックは、ククリを腰の鞘に押し込むとやれやれとため息をついた。垂れるマフラーを巻き直す。口元が思わず緩む。


 ジェイムズは橋のたもとまで戻ってくると、ジャックをじっと見て言った。


「……ジャック神父、この事態をどう見る?」


「……こいつらもそうだが、“魔大戦”の残存勢力にしては数がおかしい。それに……」


 ジャックはあごをしゃくって見せた。


「――それに、一番奇妙なのはあの“歪み”だろうな」


 ジェイムズは大きく頷くと言った。


「アレらは恐らく魔女が開けてるんだろう」


 未だに溢れ出てくるゴブリンの群れが討伐されるのを尻目に、ジャックは間を置いて聞いた。


「魔女?」


「そう、この街には魔女の伝説があるのさ。ジャック神父」


 ジャックは目を逸らし、蘇る忌々しい記憶に暫し潜った。


 淘汰せよ。魔女は淘汰せよ。


 ゆっくりと確実に脳内に打ち込まれた楔のように信仰が脈動を始める。聖書に、十字架に、神に誓った。からグレイス孤児院を守るため、子供たちの居場所を守るためには教皇庁に仕える事が必要だったのだ。


 まるで蝕まれているかのように何度も唱えた。汚れ仕事もしてきた。それが信仰の戒律。もだ。……だが、誰が決めた? 教皇か? 神か? ジャックにはそれが気に入らない。


 ジャックの内心とは関係なくジェイムズは続けている。ジャックの意識が過去から現在へと戻ってくる。


「――そして、恐らくあの歪み……我々は“ゲート”と呼んでいるが、魔女の恐ろしい魔術だと思う」


〈魔女……魔女か……ここでも……〉


 ジャックは歯噛みしながら“歪み”を見つめた。


「どうすれば閉じ――」


 突如、爆発音が鳴り響く。ジェイムズは思わず腰の剣に手をかけゴブリンの方へと視線を泳がせる。


 ゴブリン集団も一様に、驚いたように右往左往している。そのうちの一匹がトラキアの街の方を指さした。


 再度、爆発音が轟く。遠く目からでも分かるほど大きな、悪趣味で豪華な屋敷の方角だ。その黄色い塀が一部崩れ落ちていく。


 ジェイムズはあごを擦り戦況を見る。敵の襲撃として見ているジェイムズとは違い、ジャックは心当たりのある爆発音の正体をそれとなく察する。


「第四隊はここに残って掃討し、正面を守れ!」


「第一、第二、第三は私についてこい」


 ジャックは重い腰を上げた。

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