第23話 意図せぬ摩擦

 マリアは港の桟橋に座って海を眺めていた。止めどなく打ち寄せる波音に耳を澄ませ、写った月が歪んだ顔を見せている。海につけている足がひんやりしているのとは裏腹に、背中に伝わるミカエルの温もりが一人じゃないことを物語る。


 マリアは独りごちた。


「私だって……」


 旅館の方にルディたちが戻っていないか見に行っていた方向から、アンバーが走ってくるのが見えた。


「マリア! 大変! 街にモンスターが襲って来たって! 今、そこで聞いたの! どうしよう!」


「そんな……うぅん、一旦貝殻旅館に戻ろう! 誰かがルディたちを見つけてくれてて、みんなも戻って来てるかも」



 ***



 マリアたちが貝殻旅館に戻ると、ビビアン・オーデルが本のページをめくりながら開口一番言った。


「まだ戻ってはいないよ」


 期待虚しく迷子探しは継続中だった。誰かが見つけるだろうと心のどこかで期待し、甘えていたのだ。


 マリアとアンバーはみんなの無事を祈り貝殻旅館の階段を駆け上がる。それを見たビビアン・オーデルの怒りも耳には届かず自分たちの部屋の木扉を開け放つ。ベッドに腰掛けガンベルトに弾丸を込めているカインの格好を見ると、呆然と立ち尽くした。


「ん? どうし――」


「アッハハハハハハ! なにその格好! やばい! お腹痛い! ヒーヒー!」


「キャハハハハハハ! カインったらかんわいいいいっ! キャハハハ!」


 マリアとアンバーはカインを指さし笑った。


「あっ! こ、これは……ったく! 父さんの野郎!」


 カインは赤面して慌てて言った。


「父さんが僕の服どっかに隠しやがったんだよ」


「でも……うっぷぷ。似合ってるよ、その格好。でもなんでそんな格好を?」


「話せば長い。……っ、そんな事より二人とも! 大変なんだ! 今、街中にモンスターが湧いて出ているらしい。それが人を襲っているんだ」


 カインは屋根の梁の上に隠されていた自分の服を見つけ、舌打ちして飛び上がって取ると、着替えはじめた。


「それで……それで、なんだっけ? そうだ! 初めに正面の跳ね橋門に現れたモンスターを退治したニーナたちが魔女呼ばわりされてるんだ! 今は、門の前で逃げることも出来ずに戦ってる! 行こう!」


 それを聞いたマリアは急いで皮鎧を身につけ、剣を腰に帯びた。丸い鉄の盾に腕を通すと、ポニーテールを結び直しお気に入りの茶色いブーツの紐を絞った。新しい装備の緑色の編み編みマントをかさばらないようベルトに留める。


 ベッドに降ろされていたミカエルは、眠い目をこすりながら辺りを見回した。カインを見つけると愛らしい声を出した。


「かーいー」


「さあ、ミカエル。君は僕と行こう」


 カインはミカエルを抱き上げ、おんぶ紐で身体にくっつけた。ミカエルはカインの背に顔を擦り付け嬉しそうな声を出した。


「父さんは? もう先に行ってるの?」


「あぁぁぁ……いや、ルディたちの居場所が分かったんだ。ついさっきビリーが戻ってきて、迎えに行ってくれている。心配ないよ」


 アンバーが弓を背負い、矢筒を肩にかけようとすると、足元で硬いものがぶつかり合うガチャンと音がする。ふと見下ろすと、小さな皮袋の中からルディの火打ち指輪が転がり出てくるのが見えた。


〈あいつったら……〉


 アンバーは指輪を握りしめて言った。


「ねぇ、これ」


 カインは見咎めるように頭をガリガリとかき、あからさまにイライラして言った。


「あんのっ……バカ! くそ! しょうがない。アンバー、君が届けてやってくれ」


「えっと……どこへ?」


「グレゴリーって領主の屋敷だ」


「はっ? なんで?」


「どうやら捕まってるらしい」


「はぁっ!? どういう事?」


 カインは答える代わりに肩を竦めて見せ、着替え終えた服の上からガンベルトを腰に巻く。


「とにかく、屋敷はあっちのバカでかい悪趣味な屋敷だ。見れば分かると思う。アンバー、届けてくれ」


 返事も待たずに貝殻旅館の階段を駆け下りると、その音に釣られて旅館の主人ビビアン・オーデルが不思議そうな顔を向けた。


「いったい何事だい?」


「街中にモンスターが湧き出てるらしいんだ! ビビアンさんはここに隠れてて!」


 事情を話している時間が惜しい。返事も待たず、カインとマリアは玄関の木扉を開けて大通りに踊り出た。


 カインは戦乙女の格好に変身したマリアの肩に手を置いて押すように言った。


「マリア、行こう。みんなが心配だ」


 アンバーはカインの置いた手を見つめ、納得のいかないままカインとマリアへと抗議の声をあげる。


「ねぇ! 待って! 待ってよ! なんで私なのよ!」


 アンバーの気持ちを思い胸を痛めた。歯噛みしながらもマリアは後ろ髪を引かれる思いで跳ね橋のある方へとカインと共に向かって走った。


 アンバーはその二人の姿が通りの向こうに消えていくのをただただ見送るばかりだった。

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