第22話 呪詛なる奴隷

 ナナ・ウォレスは貧民街を一人で歩いていた。冒険者ギルドでのエイリーン・ボセックの報告では、ここいらのはずだ。


 少年たちによる義賊団が過去にいて、目的の物はその場所なのかもしれないということだ。黙って置いてきたビリーには悪い気がしていた。それでも……。


「本当にここに……?」


 人が来なくなって背の高くなってしまった雑草を掻き分けていくと、潰れかけた家屋の中に一際目立つ建物がある。屋根には十字架がもの寂しそうに主張していて、枯れた木が伸びた雑草の庭に埋もれてしまっている。


 ナナが汚れで黒くなっている門扉に手をかけると、歪んだ蝶番が錆び付いた金切り声をあげながら力なく開いた。


 ナナはその音にビクつきながらも、奥へと進んだ。


 礼拝堂の中へ入ると、屋根に空いた穴から明るい月明かりが差し込み辺りを照らし出している。それでも暗がりは何も見えない。


 ナナはその光に胸を撫で下ろし救われるように月明かりの中を歩いた。


 どこもかしこも荒れ果て、床には穴が空いて地面が露出している所も見える。


 二階に上がる階段は崩れ、上がるすべが見つからない。


 礼拝堂の奥に神様の像があったはずの台座がまだ原形を留めているが、像自体の姿は見当たらない。部屋を隔てていたはずの意味を為していない木扉を押して中に入ると、天井から吊り下げられている大きな布のある一角があった。


 ナナはその場所に“呪詛”を強く感じる。躊躇うが、意を決してその布を勢いよくはぐった。


 そこには二人の子供が寝転んでいた。衣服はボロボロで青白い顔。鼻をつく死臭は、“呪詛”で不自然な甘い臭いに誤魔化されている。ナナの杖を持ったまま眠りについている。


「ああ、やっぱり……」


 ナナは悲しげにその二人のそばにしゃがんで杖を手に取るが、硬直しているかのように離してはくれない。


 腰のポーチから透き通った水が入っている小瓶を取り出すと、二人の腹の上に一つずつ乗せた。


 黒い“呪詛”の空気を祓うようにナナは手を当て“風”を起こした。


 何事かまじないを唱えると小瓶の中の液体が水色に光を灯し、輝き始めた。


 二人の“遺体”に触発されるように、身体から魂が起き上がった。その姿は生前の形と大差ない。血色が悪く青白いだけだ。


「ねぇ、この“呪詛”から解放してあげる。だから、ウチの杖を返して?」


 ナナは二人に問いかけ、二人は自分たちの遺体を見つめた。やがて小さなピーターが言った。


「やっぱり……ぼくたちはあの時死んじゃってたんだね」


 ジミーは寂しそうに言うピーターの肩に手を置いた。


「そうだ。僕たちはもう……」


 その先はジミーには口に出来なかった。ナナに視線を向けて言った。


「お願いだ。ピーターだけでも解放してくれ。なんでもするから。殺したいやつがいればまた前みたいに……」


「そんなんええよ。でも、それには杖が必要、返してくれる?」


 二人は顔を見合わせ、ジミーが何も無い空中で手を広げると、杖がジミーの遺体の上から転がり落ちた。


「それと、君たちにこのの呪詛をかけた人物がどこにいるか……分かる?」


「僕たちになにかをしたのはカラスの仮面の女で、屋敷にいるんだ」


「屋敷?」


 ピーターが答える。


「うん。僕たちは夕方から夜のうちに動けるようになってるんだけど、それは次の日に屋敷に持っていくんだ。なぜか今日は動けないんだけどさ。動ける時には……やりたくなかったけど、人殺しも……でも、それを続けてたら、解放してやるって“あいつ”が“約束”してくれたんだ」


 ナナは俯き、歯を食いしばった。


 背後から声がした。


「ナナ? ここにいるの?」


 ビリーが礼拝堂の壁に手をつき、中を覗いた。そこには薄ぼんやりと光の中に佇む二人の子供。彼らには見覚えがあった。噴水広場で見かけた子たちだ。間違いない。それとナナがいる。そして、その前にはやはり二人の子供たちが寝ている。


「え? な、なんで? どうなってるんスか?」


「ビリー、落ち着いて。それより、屋敷の場所はどこにあるの?」


 ビリーはナナと二人の子供とを交互に見て戸惑っていた。


 ジミーは下唇を噛み、目を逸らした。


 ナナは辛抱強く待った。今すぐにでも掴みかかり、聞き出したい衝動に駆られる。


 やがてジミーは言った。


「……グレゴリーの屋敷だよ。でも、気をつけて。あいつは……あいつらは魔術を使うんだ」


 ナナは頷き立ち上がった。


「戻ってきたら、このウチが必ず天に送るから」


「あ、待って! 君が貝殻旅館の”生意気な女?”」


 ナナはあまりの言葉に面食らって返した。


「ち、違うけど……」


「あ、ごめん」


 ジミーとピーターは何事か相談している。やがて言った。


「僕たち、ルディって子からこれを預かってるんだ」


 ビリーは細い糸目を見開いた。貝殻旅館の……


 ジミーは自分の遺体のポケットを探ろうとしたが、手はそれをすり抜けた。


「ごめん、ポケットに入ってるんだ」


「ええよ。ウチが出す」


 ナナは眠り続けるジミーのポケットに手を突っ込んで一枚の手紙を取り出した。


 サッとビリーが手紙を横取りしてビリビリと手紙の封を乱暴に開けた。次いで呆れたように言った。


「やっぱり……」


 ナナはビリーの肩口から顔を覗かせた。


 霊体のジミーとピーターも同様に興味深げに覗いた。


 手紙には小汚い間違いだらけの字でこう書いてあった。


『やいやいっ! バカニーナ! これを読んでるって事はおれさまがヘタうってとっ捕まっちまったって事だ! 父さんたちには内緒で助けに来やがれ! 場所はグレゴリーってバカ貴族の屋敷! おれの小遣いでリンゴを好きなだけ買ってやるから救出してくれ! 追伸、ビビってるなら来なくていーぞー!』


 ビリーは頭を抱えてしゃがみ込んだ。


「はあぁぁぁ、なにやってんスかぁもぉぉぉ」


「これ……なぁに?」


 ビリーは疲れ果てたような顔をあげて言った。


「ぼくも行かなきゃならないって事っスよ」

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