第21話 恋の灯火とトラキアの街の異変
マリアは歩き疲れて眠ってしまったミカエルをおんぶしたまま、港のレンガ造りの通りを歩いていた。アンバーはその後ろで船を数えている。ここは桟橋と繋がっていて、いくつもの船が連なり合いひしめき合っている。
すでに港を見下ろすように薄暗い月明かりが二人を取り巻いていて、漁網を積んだ小さな船が見合わない大きな灯りを灯して出発して行った。
その様子をマリアとアンバーは並んで見送った。
アンバーは背中のミカエルを見て言った。
「ねぇ、マリア? そろそろ代わろうか?」
マリアは笑みを浮かべて言った。
「大丈夫だよ。ミカエル軽いし」
「ねぇ、ルディたち見つかったかな?」
「どうかな? もう少ししたら、一旦貝殻旅館に戻って見ようか。あの二人の事だから、もうとっくに帰ってて、『みんなどこ行ってたんだ? 迷子なのか?』って言うかもね」
マリアは口を尖らせてルディのモノマネをして言った。マリアが笑うとアンバーも笑って返し、ビリーの真似をして老人のように腰を曲げ、短槍を杖みたいに持ったフリをした。
「『腹減ったっスよぉ~』って言いそうだよね」
二人は笑い合い、ミカエルがうーんと講義の声を洩らすと二人は口元を押さえてシーっと人差し指で合図して小さく笑った。
二人の間に気まずい間が流れた。
アンバーは唐突に聞いた。
「ねぇ、マリア……」
「ん? なぁに?」
アンバーは胸のつっかえを取り除くために絞り出すような声で言った。
「……カインの事、どう思ってるの?」
マリアの胸を様々な想いが去来し、誤魔化そうとも思ったが、アンバーの真剣な眼差しに応えるように言った。
「たぶん……好き……なんだと思う」
マリアは月明かりがなくなってお互いの顔が見えないぐらい暗くなればいいのにと思った。それはアンバーも同じだった。
アンバーはうつむき、やっぱりと思った。
「なんだかんだ……かっこいいもんね」
アンバーの胸を切ない痛みがギュウギュウと締め付け、思わず走り出したくなった。そして走った。すぐに止まって足踏みをしながら言う。
「ねぇ、マリア。私、先に旅館に戻って見てこようか?」
マリアは暗いから危ないよと制しようと思ったが、それでも、行かせてあげたかった。行ってほしかった。今はお互いが一人になりたかった。
「うん。それじゃあお願いしようかな」
「うん。行ってくる」
アンバーはそう言い、足早に走って行った。
マリアは足元に転がる石が妙に憎たらしくなって、お気に入りの茶色いブーツのつま先で恐ろしくも暗い海の中に蹴落とした。
カインへの気持ちは理解出来る。でも、アンバーに対しても大切な家族として、同じぐらい大切に想っている。
自分の気持ちをどうすればいいか分からなくなって途方に暮れた。
マリアはその場に座り、茶色いブーツを脱ぐと、海の中に突っ込んでみた。
ひんやりと冷たく、いつの間にか火照っていた足も心も冷やしたくなったのかもしれないと自分で自分に言い繕った。
マリアはパシャリと水面を蹴りつけた。
***
ジャックとカインは重い足取りで貝殻旅館へと戻った。
ジャックたちは馬小屋に馬を返し、貝殻旅館まで重たい荷物を抱えるように二人で運んだ。
貝殻旅館の店主ビビアン・オーデルは、受付カウンターの中で編みものをしながらおかえりと言った。
ジャック達は二階に上がる前にそうだと思い立ち聞いた。
「みんなは帰っているか?」
ジャックに問いかけられ、さも嫌そうにビビアンは答えた。
「お前さんたちが一番乗りさ」
「一番……?」
それはつまり誰も帰っていないと言うことだ。ニーナ達もマリア達もだ。
ルディとビリーは未だに迷子のままだし、みんなも迷子の仲間入りなのだ。
……何か変だ。
ジャックはきな臭い、言い知れぬ不安を感じた。
二階の部屋に上がったジャックはベルメールから買い上げたばかりの弾薬を床に降ろすと言った。
「カイン、みんなの事、覗けるか? まだ帰ってないなんていくらなんでもおかしいぞ」
カインは覗くという言い方に不快感を覚えたが、ベッドに腰かけると目を瞑ってチカラを使った。
チカラの波が意識となって街へと広がり溶け合い、家族の思考を探した。
ジャックは丸い窓を肘で開けると、上から街を見下ろした。何やら正門の向こう、南側の跳ね橋の方が騒がしい。
それに、東側もだ。
カインのチカラが南門の騒ぎの中心であるニーナ達を捉えた。
「“魔女”……だって……?」
カインがチカラを解くと瞳の赤みが引いていく。
「父さん、これ……やばいかも。モンスターがこの街のあちこちに出てるみたい。戦ったニーナたちが“魔女”だと思われたみたいだ」
ジャックは考え込み、夜空を見上げた。満月が見下ろしていた。まるで嘲笑っているかのようだ。
月の輪郭を目でなぞり、ジャックの全身からザワザワと毛が吹き出すように生えると、骨格がボキボキと変調をきたした。肘で止まっていた再生が一気に進み、全身を駆け巡る痛みにジャックは喘いだ。
ジャックが掴んだ丸い窓枠は生えたばかりの手に握りつぶされ、足の爪が木の床にくい込んで伸びてゆく。
ジャックは狼男の姿で立ち上がり、いつもより低い唸るような声音で言った。
「カイン、弾を込めてルディたちを探せ」
ジャックは猟銃と弾薬を掴み、ククリを腰に備えた。握りつぶしたばかりの窓枠に足をかけて言った。
「頼んだぞ。カイン」
「ああ、分かってるよ。父さん」
カインは拳を突き出した。ジャックが猟銃を握った手を差し出し応じた。
二つの拳が打ち合うと、ジャックは乱杭の牙を剥いてニッと笑うと月明かりの中に飛び出して行った。
家族が編んだ赤いマフラーを誇らしげにたなびかせて。
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