第5話 新たな出会い

 ルディとビリーはトラキアの町を見て回った。煙突が多いせいか、微かにスス臭さが残る町は活気に溢れ、白い町並みは忙しなく行き交う人々で溢れている。


 メドベキアの町とは違う活気にビリーは目をキラキラさせて物珍しそうに見ている。煌びやかな町並みはきれいで、まるでジャックの書いた絵本の中みたいだとビリーは思った。


 道行く人々は小綺麗な格好をしていて、町のあちらこちらでは屋台が出ていて、そこら中にいい匂いが漂っていた。


 リースからもらったお小遣いは一人十ゴールド、ビリーと合わせれば二十ゴールドだ。


 あちらこちらの屋台や露店を見て周り、一際二人の目を引いたのは丸く窪んだ鉄板の上で、丸い香ばしい匂いのする物を焼いている屋台だ。


 頭に赤いハチマキを巻いたおじさんがそれにクシを刺してコロコロと転がしている。


「なあ! おじさん! これなんだい?」


「これか? これはたこ焼きって言うんだ」


 鉄板の横に並べられた木箱をポンポンと叩いて言った。


「一箱、四ゴールドだ」


 ハチマキのおじさんはルディとビリーの格好を見て言った。


「……お前さんたち、金はあるのかい?」


「あるよ! ビリー! これ食べてみようぜ!」


「いいっスね!これは興味深いっス!」


「おじさん! 一つちょーだいな!」


「はいよ!」


 ルディはポケットから四ゴールドを取り出しておじさんに渡した。


 おじさんは木箱にペタペタといい匂いのソースを塗り、木の串を二本ブスリと刺すと自信満々の顔で言った。


「熱いうちに食べな! 美味しくて頬っぺたが落ちるぜ!」


 たこ焼きの屋台の先にある、噴水のある広場に木のベンチを見つけた二人は、そこに座って食べることにした。ビリーは刃先を布ですっぽり包んである短槍をベンチに立てかけた。


 木箱の蓋を開けるとソースの香ばしい香りが二人の顔をくすぐった。木の串をたこ焼きに突き刺して、フーフーと吹いて冷ましていると、二人の小汚い格好の子供たちがこちらを見ているのに気がついた。


 ルディは逃げるようにたこ焼きへと目を移した。


 気付いてもいないビリーは、たこ焼きを噛んで欠けた月を残して言った。


「んー! ルディ! これはうまいっスよ!」


 ルディはハッと現実に戻されたかのように応じる。


「お、おう!」


 ルディもたこ焼きを食べてみる。


 パクリと一口で頬張ると、口の中いっぱいにソースの匂いとトロリとした柔らかな生地がほんのり甘く広がった。ルディは思わずもう一つに手をつけた。


 二人の小汚い子供たちはさっきより近くに来ていて、小さい方の子は、口を開けてヨダレを垂らしている。ルディ達と歳の近そうな大きい方の子はそっぽを向いてチラチラと物欲しそうにしている。そちらへと向かってルディは言った。


「なぁ、お前らこっち来いよ」


 気づいていなかったビリーはキョトンとルディと子供たちを交互に見た。


 小さい方の子は、ルディ達に歩み寄ったが、大きい方の子がそれを制して言った。


「おい、行くぞ」


 小さい方の子はボロボロになっている襟首をぐいと引っ張られて連れていかれた。終始残念そうにルディ達の方を振り返っていた。


「なんなんスかね? あいつら」


「物乞い……だろうな」


 ルディは暗い顔で言った。


 ルディとビリーはたこ焼きを平らげると、沈み始めた太陽に当てられている町並みの中を貝殻旅館に向かって通りを歩いた。


 ビリーは道中で軽い肩に違和感を感じて何事か思い出し、糸目を見開いて言った。


「あー! 槍忘れてたっス!」


 ルディはやれやれと肩をもたげて言った。


「なにやってんだよ? ここで待ってるから取ってこいよ」


 ビリーは今来た道を青いジャンパーを翻し、帽子が風で飛ばないように押さえて走っていった。ルディはその背中を見送りながら、建物の塀に背中をつけて過去の思い出へと振り返っていった。


 ビリーが噴水広場に戻ると、先程たこ焼きを食べていたベンチへと息をきらせて辿り着いた。短槍を立てかけたはずの場所に布を被せた槍がないことに気がついてビリーは血の気が引く思いで辺りを見回した。


 見覚えのある布を被った棒を持った人物が街角を曲がるのが見える。


「ちょ、ちょっと待つっスよ!」


 ビリーは角を曲がった人物の後を追いかけた。


 ビリーが角を曲がり、とんがり帽子を被った人物が通りの向こうに消えて行くのが見えた。全力で走るビリーが追いつけない程の速さにビリーは驚愕する。


 プロの窃盗団かもしれない。都会には多いんだと聞かされていたばかりだったのだ。このまま追いかけるのは危険だろうか? ルディの元に一旦戻り手伝って貰うべきだろうかと、酸素切れの頭を必死で回しながら角を曲がった。


 ビリーの心配を他所にその人物は港へと伸びる橋の下にいた。紫色の白いラインが入っているミニスカートを太ももの上までたくし上げ、槍にまたがったままピョンピョンとジャンプしている少女がそこにいた。


 ビリーはあまりのことに脳内停止し、膝上まである白いソックスの上に見えるはだけた白い太ももに吸い寄せられるようにじっと見て、考えをまとめられずにいた。


 その呪縛から一瞬逃れ、目を泳がせながら声をかけた。


「な、何してるんスか?」


 ビリーの存在に気づいた少女は、一心不乱になっていた自分を振り返り、槍を股から外してスカートの裾を整え、耳まで真っ赤にしたままビリーにツカツカと詰め寄って息を大きく吸った。


 少女は溜め込んだ息と気持ちを一気に解き放った。


「きゃあぁあああっ!」


 と、少女は大きな声を上げてビリーに平手打ちをした。


 バチーンと盛大な音を立て、続いてビリーの首がグキっと変な音を立てながら身体を一回、二回とコマのように回転させて倒れこんだ。



 ***



 ビリーが目を覚ますと、見下ろすように少女の黒い髪の中に混じる緑色がかった髪の毛が揺れ、微かにビリーの鼻腔をくすぐった。


「よかった! 生きてた!」


「き、君は誰? ぼくはとうとう死んで異世界に転生しちゃったの?」


「あなたはまだ生きてるわ。そして、え、えっとウチは、ナナよ。ナナ・ウォレス」


 ナナと名乗った少女は、緑色の瞳の下に小さなホクロのある頬を染めて、とんがり帽子の丸いつばをつまんでモジモジといじらしく言った。


「よ、よろしく」


 あれ? ってゆーか、とビリーはある事実に気がつく。


 ビリーは後頭部に感じる程よい弾力のあるものに気がついて跳ね上がるように立ち上がった。


 ひ、膝枕!?


 ナナは、紫色のミニスカートの裾をパタパタと叩いて汚れを飛ばした。


「もう平気みたいね。ウチは、行くところがあるから、この辺で失礼するね」


 ナナは大きな紫色のカーディガンを翻してくるりと踵を返した。


「グエッ」


 ナナは締まる首から海鳥のような声を出した。


 ビリーはナナのカーディガンの裾を掴んで言った。


「ぼくの槍は置いていってくれないっスか?」


 槍をカーディガンの中にこんもりさせて隠していたのだ。


 ナナは目をグルグル泳がせながら言った。


「な、なんのこと?」


 ビリーはさっとカーディガンの中に手を突っ込んだ。ナナが咄嗟に取られまいと身を翻すと、ビリーのその手が槍ではなくてナナの想像以上にふっくらとしている胸をわしづかむ。


 ナナは顔を真っ赤に染め上げて息を大きく吸った。


「きゃぁぁぁあああっ!」


 悲鳴をあげてビリーの頬を叩いた。


 再びビリーの首が変な音を立て、曲がってはいけない明後日の方へと曲がって倒れた。

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