第6話 お着替えタイム

 ジャックとカインは薄暗い坂道を下っていた。


「ねえ、父さん。こっちに本当にあるの?」


「まだここらにあればな。何年も前の事だからな。移動していたら分からん」


 建物の影になっているせいか日が当たらない坂道には、薄らと所々苔が生えている。下った先には今にも崩れそうな家屋が点在して、そのどれもから微かに異臭が染み渡っていた。


 カインは眉をへの字に曲げ、気の進まない通りを見渡した。本当にこんな所にあるのかと思考を巡らし訝しげにジャックの背中を見つめた。


 レンガ造りのカビ臭い通りには、薄汚れた布を屋根代わりにしたテント小屋が二つあった。お互いを敬遠するかのように間隔を大きく空けている。


 ジャックは歩きながら何かを探すように外観をぐるりと回りながら、入口が閉じられたテント小屋の一つを見て回った。


 ジャックはもう一つのテント小屋へと向かって歩いた。カインはその後を着いて歩く。〈何やってんだ?〉


 もう一方のテント小屋は崩れかけた家屋に、外から見えないよう覆いをかけただけのテント小屋だ。その表には、風が吹けば倒れそうな木の板に“古道具屋”と書かれた看板が立てかけられていて、広げられた風呂敷には穴の空いた鍋や、湾曲した木の棒、そして木箱の中には子供のおもちゃらしきものが入っている。その横には不機嫌そうな顔でモッサリとした髭をポリポリと終始かいている店番らしき男が座っていた。


 風呂敷の上の商品の前にジャックはしゃがんだ。ガラクタの商品を見て、キョロキョロと辺りを見渡し、看板の隅にある小さな紋様で視線を止めると、小さく頷いて店主に向かって言った。


「やあ、今日はいい天気だね。月夜のない晩には出かけない方が良さそうだ」


 カインは突然不思議な事を言い出したジャックを見て戸惑った。店主はジャックの言葉には答えず目も合わせないまま立ち上がると、腰を曲げてテント小屋の暗闇の奥へと入っていった。


 ジャックは当然のように腰を屈めて、その臭そうな尻の後に続いて入っていった。


 カインは何が起きているかも分からず、ジャックの尻について行く。


 崩れかけ、掘ったばかりの洞窟のような作りの家屋の中を壁にかけられた小さなランプの灯りを頼りに潜っていく。そこかしこに崩れたレンガの破片が落ちたまま苔を生やしている。その後に続いているジャック達は足元も微かにしか見えない。ジャックは臭そうな尻に向かって親しげに話しかけた。


「ところで、ベルメールは元気かな?」


 臭そうな尻が洞窟の先へと抜けると、腰に手を当てて伸びをして言った。


「……ベルメールさんは忙しい」


 ジャックは洞窟を抜けると広い部屋の中で両手のないまま伸びをした。まだ洞窟の中で腰を屈めているカインは目の前で立ち止まっているジャックの尻を憎々しげに押しやり、窮屈そうに部屋の中に入った。


 そこには、表の古道具屋とは違い、真新しい剣やナイフ、使い込まれた青銅の鎧や珍しい道具などもある。


 店主の男は中の椅子の一つに腰掛けると、面倒くさそうに勝手にどうぞと言わんばかりに目配せした。


 ジャックは肩を竦めてしょうがないと会話を打ち切った。立てかけられている剣の元に行くと、しゃがんでじっと見つめた。


 カインは棚の元へと行くと、ガラスケースの中に鎮座している宝石類を見つめた。そこには煌びやかなネックレスや指輪が並び、そのどれもがこの場所に似つかわしくない高価な輝きを放っている。


 ジャックはふーんと鼻を鳴らした。


「品揃えは前より良くなってるな」


 チラリと店主の方を見る。


「でも、欲しいのはここにあるもんじゃないんだわな」


 ジャックはスっと立ち上がり、店主の前に歩み寄って言った。


「ベルメールはどこに行ったんだい?」


 店主は真っ直ぐ腕のないジャックの目を見つめ返していたが、ジャックの黒い目の奥にある凶暴な金色の光に見透かされると目を逸らした。


「カイン、ベルメールがどこに行ったのか読んでくれ」


 カインは間を置いて、思案してからチカラを使った。カインの目は赤い光を灯し、カインの脳内で店主の記憶の中を映像が映し出していく。


 手足を縛られた女の人がどこかに連れて行かれるのが見える。


 ひどい。殴られている。大きな樽がたくさんある。


 映像の中で店主は後ろを振り返る。入口の地面に落ちている松明の明かりの中で見える景色は、一面に広がる砂地、そして岩に囲まれたゴツゴツした人一人分しかないような入口。


「これはどこかの……洞窟?」


 店主はピクリと眉を動かして動揺を見せた。


 ジャックは瞬きもせず、さらに店主に顔を近づけて言った。もう鼻と鼻がくっつきそうだ。


「場所は分かるか?」


「砂地の洞窟みたいだ。赤い髪の女の人が無理やり連れていかれているのが見えたよ」


 店主は脂汗をかいてガタリと椅子からひっくり返った。


「カイン、行くぞ」


 店主はカインとジャックが洞窟を抜け、古道具屋から出ていく様子を抜けた腰の痛みと共に見送った。


「父さん、あの人は誰だったの? それに、ベルメールって人は誰?」


「あいつは知らないな。ベルメールは武器商人だ。それも闇の方のな」



 ***



 二人が貝殻旅館へと帰り着くと、旅館の中にはいい匂いが漂っていた。思わず腹が鳴る。その中からビビアン・オーデルが顔を出すと、今までで一番機嫌が良さそうに笑顔を浮かべて言った。


「おかえり。あんた達、今日は女手がたくさんいたから料理を作ってもらったよ。冷めないうちにみんなを呼んで広間で食べちまいな」


「ああ、腹減ってたんだ。ありがとうビビ婆さん」


 ビビアン・オーデルは鼻をふんと鳴らして顔を引っ込めた。


「……父さん」


 ジロリとカインが物言いたげに上目遣いで見ている。ジャックは悪びれた様子もなく肩をすくめて見せた。


 帰ったと声をかけようと登る階段の頭上からキャッキャと女達の声が聞こえてくる。


「来たよ! みんな並んで!」


 階段を登り終え、何事か待ち構えている気配をあからさまに感じながら木扉を開けた。


 中では女子チームが装いも新たにベッドの前で並んでポーズまで決めて待ち受けていた。


 マリアはお気に入りのブーツやショートパンツはそのままに、肩口だけ肌が見える白いブラウスを着ている。その上に緑色の網状のマントを羽織っている。


 アンバーは黒のスパッツの上に白のワンピース。以前と同じ白いワンピースだが、違うのは薄い桃色の花が刺繍されていた。それと白いブーツだ。チカラの特徴のせいでアンバーの靴は擦り減り方がものすごく早い。


 ニーナはいつもの黒いセーラー服のままだが、なにかが違う。腰のベルトが真新しくなっていて、バックルが銀のハートになっていた。マリア、アンバーと共にクルクルと回ったりポーズを次々と楽しそうに決めている。


 シャオはひび割れた瓶底メガネではなく、黒い縁の丸いメガネに変わっていた。そして東の国の服で、胸元で斜めに飾りボタンがある赤い服。腰の所でスリットが入っていて、その下の濃紺のズボンが見てとれる。慣れない格好のせいでリースの後ろにミカエルと共に控えめに隠れている。


 ミカエルは兎耳のフードを被り、リースの後ろで顔を半分出してなぜか不機嫌そうに睨んでいた。


 リースはアダム・サンドラーに自分は修道服かこの服で充分だと言って遠慮していたが、見繕ってもらった服をマリア達が無理やり着替えさせたのだ。


 リースは黒のニットセーターに茶のプリーツスカート、紺色のブーツ。それに合わせて髪型も変わっている。桃色の髪を一つにまとめて真上に持ち上げ、銀の髪留めで押さえられた毛先が、頭の上でフワフワしている。リースは躊躇いがちに言った。


「ど、どうかしら? 私たち……」


 ジャックは一気に華やかになった女たちを見て狼狽えて言った。


「す、すげぇ……」


 女はこれがある。服装と髪型でまるで別人にでもなったような不思議な感覚を覚え、こんなにも変わるものかと感嘆の声をあげた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る