第33話 家族の愛を
ジャックはアルノルトの胸骨に守られている心臓目掛けて走った。
ルディとビリー背中におぶって、二人を落とさないようにギッチリとロープで身体に固定して巻いている。そのまま点在する腐った肉片で出来たゼリーの群れを避け、捕まえてやろうと伸びる腕を足の爪が蹴り裂きながら走っていく。
ジャックはアルノルトの胸に肉薄すると、肋骨の隙間を狙ってククリを振るい十字に切り裂いた。その隙間を縫うように胸の中に飛び込んでいった。
ジャック達を追う形の肉片が、腕を生やしてガリガリとアルノルトの身体を引っ掻き回している。
アンバーが後方のゾンビ達をめいいっぱい引きつけ町へと向かう。出来るだけ多く引きつけるようにジグザグに走り回り、弓で射っては逃げ、射っては逃げを繰り返す。
その後をこっそりと追う形で、マリアが先頭に立ち、まだ木が残っている森の中からアンバーを追う。ゾンビの群れから外れて追ってくるものを静かに斬り伏せていく。
マリアが斬り伏せた後、ニーナがシスターの丸くなった黒い繭を玉転がしの要領で押した。チカラの使えなくなったニーナは終始悔しそうに繭を押している。
ニーナの玉転がしから少し遅れて、カイン、シャオが後方へ向かって発砲し、追ってくる腐った肉片を蹴散らしていく。中には時折素早いものがいて、カインが撃ち漏らしたものをシャオが撃ち抜いていった。
ジャックは心臓の間に飛び込むと、ルディとビリーを腐りゆく肉床に下ろし「作戦開始だ」と言った。
ルディは両の掌を開き、チカラを全開で使ってひたすらガスを撒き散らしていく。入ってきた肉壁の斬り口はすでに塞がり、もはや見分けがつかないほどだ。
奥に向かえば向かうほど太い血管が集中していて、その先にはジャックが言っていた宝石並みの硬さの心臓が鎮座している。紫色の宝石。うっすらとまだ変身前のアルノルトの姿も見える。
ビリーは息を止め、四方八方から伸びてくる腕を、短槍を巧みに使って斬り落としていく。
作戦は単純明快。
カイン達は撤退戦、こっちは、ルディがチカラを使い、ビリーがそれを守る。作戦を説明する際、ジャックはビリーの前にしゃがみ込み、ビリーに何度も念を押すように言った。
「ビリー、中では絶対にチカラは使うなよ? 全員死ぬぞ」
「お、脅かさないでくださいっスよ」
ビリーは自分が吹き飛ぶのを想像して震えていた。その様子を見ていたジャックは言った。
「ビリー、やっぱりマリアと変わっ……」
言おうとしたジャックを制するようにルディが言った。
「父さん、ビリーなら大丈夫。必ずできるよ」
ジャックがルディを見て逡巡していると、マリアはビリーの肩に手を置いて、それを後押しするように言った。
「大丈夫だよ。ビリーも男の子なんだから」
ジャックは膝をポンと叩いて立ち上がり、にやりと鋭い牙を覗かせて言った。
「分かった。ビリーに任せるよ」
ビリーは今、歯を食いしばり、息をつく暇もないほど短槍を振り回している。
ジャックはアルノルトの足元に、ルディが武器庫からくすねていたダイナマイト残り八本を仕掛け、導火線を捻り上げ、心臓の中のアルノルト本体の胸元にルディの火打ち式点火器を仕掛けた。
アンバーは矢を射る。矢が風切り音を響かせながらゾンビの眉間を射抜いた。
数が多すぎる! アンバーは矢をつがえた。
何かが足首を掴み、アンバーは引き倒された。
足元には脚を失い、這いずっていたゾンビがアンバーの足首を掴んで引っ張ったらしい。森の中からゾンビが三体現れ、アンバーに次々と襲い掛かろうとする。
逃げようにも足を掴んでいるゾンビのせいで逃げられない。ゾンビは今にもアンバーの脚に噛みつこうとしている。アンバーはつがえたままの矢を放った。矢が頭部を貫き動かなくなっても、腐れて握りしめたままの手がアンバーを逃してはくれない。
アンバーはゾンビの手を蹴りつけたが、腐った腕が死後硬直でもしているかのように離そうとはしない。
森の中から現れたゾンビはアンバーに迫っていた。アンバーは片膝をつき、弓につがえて矢を放つ。一本が向かってくるゾンビの目玉を貫き倒した。もう一体のゾンビが目の前で手を伸ばす。アンバーの弓矢が顎の下から貫き頭のてっぺんから矢が突き出て止まった。アンバーに腐った血が滴り落ちて白いワンピースを汚していく。アンバーの矢筒が空になり、手が空を切る。あと一体。
アンバーは腰のポーチからナイフを取り出す。ゾンビの歯がアンバーの腕を噛む瞬間、アンバーの左手が辛うじてそれを阻止した。顎をガチガチと鳴らし、のしかかってくるゾンビの重みに呻きながら、最後の一体のこめかみにナイフを刺した。
うう、動けない。アンバーに二体のゾンビが折り重なり、重みに呻き、身体をよじって抜け出そうとするが、ゾンビの群れが向かってくるのが見える。ああ、まずい……。
カインとシャオは正面の腐肉ゼリーを撃ち続けていた。
ニーナはシスターの繭を押す。ゴロゴロと繭が転がる中、息を切らせたニーナがドサリと膝をついてしまう。大粒の汗をかき、ハアハアと息が荒い。
カインがその様子に気づき言った。
「ニーナ! 大丈夫か!」
ニーナは答えず、自分の脚を悔しそうに叩き、立ち上がってまた繭を押した。
カインはアンバーを呼び戻し、ニーナを連れて先に行ってもらうことにしようと、こめかみに指を二本当て、チカラを使ってアンバーに意識を向けて飛ばした。
瞬間、カインは赤く灯る目を大きく開いて慌てて言った。
「マリア! アンバーが危ない! 頼む! 行ってくれ!」
「マ、マリア、お願い連れて行って……」
ニーナは震えにつかれる膝に喝を入れるように立ち上がった。
マリアはニーナを背中におぶって町へと向かって走った。
マリアの眼前にゾンビの群れがいた。マリアにおぶられて揺られながらもニーナは耳元で言った。
「マリア……止まらないで。そのまま真っ直ぐ行って」
マリアはニーナの言うことを信じて、剣を抜き放つと群れにまっすぐ突進していく。
「これで……撃ち止めよ!」
ニーナは脚の棒手裏剣の一本を脚のベルトから取り出すと、ゾンビの群れに飛ばした。
ニーナの指さす先に棒手裏剣はまっすぐ飛んだ。
群れの直線上に並ぶ頭をことごとく射抜いていく。ドサドサとゾンビが倒れていき、ドロリとした鼻血を出してニーナは再び気を失った。
棒手裏剣が通った後に道が出来ると、マリアは群れの中の道をゾンビの死体を踏みつけながら駆け抜けた。
見えた!
「アンバー!」
目の前を塞ぐゾンビを切り伏せると、アンバーの上に折り重なるゾンビを急いでひっぺがした。アンバーを助け起こし、気を失ったニーナをアンバーに渡した。
迫り来るゾンビに、マリアは回転しながらの一刀で三体のゾンビを斬り倒した。
「さあ、行くよ! アンバー!」
カインは繭を押して少しでも遠くへと向かう。
「もう時間がないぞ! 父さん達は何やってるんだ!」
カインは苛立ちから声を荒らげた。シャオはしゃがんで膝を立て、その上に猟銃を固定し、頬を銃のストックに押し当てて抱え込むように撃った。弾丸は銃声を響かせて、素早い腐肉ゼリーを撃ち抜いた。
カインは生唾を飲み込んだ。シャオの射撃を横目で見ながら驚嘆した。すごい。なんて命中率なんだ。これなら本当に……。
シャオは止めていた息を吐いた。猟銃のボルトハンドルが次弾を押し込む。……あと、二発。
ジャックはダイナマイトを仕掛け終えると、ビリーとルディの方に跳躍した。
「ビリー! ルディ! 捕まれ!」
ビリーとルディがジャックの背中に飛び乗ると、急いでルディとビリーの身体をロープで括り付ける。
その間もルディはチカラを使ってガスを垂れ流し続ける。ぶしゅっと音を立てて鼻血が噴き出したが、ルディは赤い目に光を灯してさらにチカラを解放する。白い霧がルディの手から吹き出ていき霧散する。
案の定、出口を塞ぐように腕が無数に生えて出口を塞いでいるのが見える。だが、以前より分厚くなっている。
ジャックはククリを口に咥え、肉床に足の爪を食い込ませ、思い切り強く蹴って出口へ向かって跳んだ。
爪とククリが腕を切り裂き肉を削ぎ落としていく。
まるで喉が唾を飲むように上下の肉壁がジャック達を押し潰そうとしてくる。
逃がすまいとしているんだ。
ビリーとルディが押しつぶされそうになり、背中で呻いた。
降りてくる天井を右腕が支え、足が迫り来る肉床を押し留めていた。
ジャックの目が金色の光りを灯して、腕と脚が爆発的に膨張する。
「ウォォォオオオオオ!」
ジャックは頭を肉の天井に押し付けた。筋肉という筋肉が、ブチブチと音を立ててちぎれるほど膨張し、腕が、足の爪が、肉壁をどんどん押し広げていった。
カインはこめかみに手を当てて叫ぶように言った。
「出てくるぞ!」
アルノルトの腹を覆う紫色のオーラをジャックの
ジャックはカインの足下に倒れ込み、血を吐きながら叫んだ。
「やれぇぇぇええええええ!」
肉壁は再生するように空いた穴を塞ぎ始める。
カインは目に赤を灯す。目から深紅の血が流れ落ちた。
「とぉまぁれえええええ!」
肉壁の隙間がほんの少しの穴を残して動きを止める。
猟銃に添えるシャオの人差し指が一際大きく輝いた。
シャオは瞑っていた目を見開いた。シャオの目の周りの血管が、ピンク色に浮かび上がる。光が灯る目は一点に向けられた。
「これが、最後の一発です!」
シャオは引き金を引いた。
弾丸は空を切り裂き、ほぼ同サイズの穴をくぐり抜けて、アルノルトの心臓に括り付けられた火打ち式点火器のの蓋を弾き飛ばした。中の火打ち石が火皿に触れた。瞬間、火花が散ると心臓のある空間に青い火が爆発的に燃え広がる。腐った腕が火に飲み込まれて狂ったように暴れた。そしてダイナマイトを巻き込んで引火した。閃光が瞬時に辺りを包み込んだ。
ジャックは急いでルディとビリーのロープを切り、地面に落とすと、カイン達の前に仁王立ちになって言った。
「ミカエル!」
ミカエルはカインの胸の前で、両手を合わせてチカラを使った。ジャック達を分厚く、青いオーラが包み込んだ。
ジャックは子供たちを庇うように手を広げた。アルノルトの中心部から発せられる、
アンバー、マリア、ニーナの三人は町の外壁に隠れ、吹き荒ぶ光が見えると慌てて頭を抱えて伏せた。
激しすぎる爆音に続き、荒れ狂う風が木々をなぎ払い消し飛ばした。
ゾンビの群れは爆風に煽られ五体満足ではいられないほどボロボロになり転がっていき、その場に立っているものはいなかった。
町の外壁が崩れ、伏せているマリアの頭の傍に落ちる。
アンバーの脚が震え、歯がガチガチと打ち震えている。
「そんな……そんな……みんなが……」
マリア自身も震えながら、青い顔でアンバーを抱きしめた。
「大丈夫……きっと……」
カインは目を開けた。
鼻からこぼれ落ちる血を腕で拭うとカインの頬に一筋の線を描いた。頭が割れそうに痛い。まるで思いっきりどこかにぶつけて陥没したみたいな気分だ。
「みんな? どこ?」
カインは一人で荒地に倒れて砂に埋まっていた。みんなの姿が見えなくて不安に煽られ、思わず胸元のネックレスを握りしめた。
カインはいつ痛めたかも分からない腕を庇いながら歩いた。周囲には見たことすらないような波打つ砂だけの景色が広がっている。心臓が爆発しそうなほど鼓動を強め、汗が噴き出した。
勘を頼りに歩いた。チカラを使い、みんなを探したい衝動に駆られるが、痛む頭がそれを阻止する。
なんでみんないないんだ。嫌な予感がする。自分を残してみんな消し飛んだのかもしれない不安が頭をよぎった。
カインは神に祈った。頼むからみんなを見つけてくれ。返してくれ。奪わないで。どうかお願いだから家族を返して。
カインは赤い筋を残す頬をなぞるように涙を流した。
「頼むよ。みんなを……」
辺り一体が砂地になってしまった。それが爆発の威力の凄まじさを物語る。そんな中をとぼとぼと歩きながら、黒い何かを見つけた。
「と、父さん!」
カインは走る。
そこにはジャックが
足元にはルディとビリーが、シャオとミカエルを庇うように倒れている。
そうだ。爆発の中、衝撃を受けたミカエルを抑えてたのに、僕だけ吹き飛んで行っちゃったんだ。と、まるで古い記憶のように甦った。
少し離れた場所には、上部が吹き飛んでいる黒い球体の下半分が転がっている。中にはどんよりとした濁った水が揺れているだけだった。
「そんな……そんな、ああぁ……」
カインは足の力が急に抜けたかのように尻餅をついた。急に体が震え始めた。
ジャックの焼け焦げた背中から煙がブスブスと吹き出している。左腕はアルノルトにちぎられたまま燻っていた。その身体が、まるで人形のようにドサリと倒れ込んだ。
「あぁ……ああああ! とうさーーーん!! いやだぁああああ!」
カインが走り寄り、助け起こそうと掴んだ腕はボロりと灰になってこぼれ落ちた。
「うわあああ!」
ルディとビリーが目を覚ましたが、焼け焦げたジャックにすがりついて泣いているカインの背中をさすってやることしか出来なかった。ビリーが涙を流して鼻を啜ると、ルディは堪えきれずに涙を流した。
一陣の風が吹き、バサリバサリと大きな鳥が飛んでくるのが見える。カインの涙に濡れた目ではよく見えない。
地面に降り立ったのは、黒い翼の女、桃色の髪に、桃色の瞳、古城に連れ去られ、血の呪いで繭になってしまっていたシスター・リースだった。
大地に降り立つと、いつもと同じ、優しい微笑みで歩いて近づいてくる。
違うのはその口元から覗いている牙、破れた修道服に身を包んでいる袖から見える長い爪。先程、翼を畳むと身体の中に飲み込まれるように引っ込んでいった翼。
カインは恐怖と絶望に身を震わせていた。
そんな、そんな……間に合わなかった。父さんが命を賭して守ったのに。
戦えない。これ以上は耐えられない。シスターとは戦えないよ。母さんとは。
シスター・リースは力尽き倒れているジャックの傍に膝をついて、その桃色の髪を耳にかけて覗き込んだ。
シスター・リースは首にかけている十字架のネックレスを外し握りしめたまま、長い爪で手のひらを傷つけると、ジャックの口を開かせた。
カインは絞り出すような声で、しゃくりあげながら言った。
「な、何するんだよ、シスター……父さんは、もう死んだんだぞ」
言葉にすればするほど痛む胸に、恐怖で収まりかけていた感情が熱くなり、再び涙を流した。
「し、死んでしまったんだ……。ヒック、一体どうすればいいんだ」
カインは上目遣いに変わり果てたシスターを見て言った。
「僕たちを殺すのか?」
カインは拳銃を握りしめていたが、撃つ気はなかった。シスターはその問いには答えなかった。
ルディはシスターに感情をぶつけるように言った。
「父さんを、父さんを助けてよ! 神様はどこにいるんだよ!」
ビリーは這いつくばり、涙をこぼしながら地面に頭を擦り付けて悔しさを呟いていた。
「うぅぅくそぉくそおおぉ」
シスター・リースの血がネックレスを伝い十字架に触れると、微かに光を放ち始める。
滴り落ちる血は、一色ずつ追加されるように流れ、七色に輝きながらジャックの口に入っていった。
カインはその様子を呆気にとられて見ていることしかできなかった。
シャオはみんなの声で目を覚ましていたが、ミカエルを抱きかかえたまま静かに泣いていた。
ミカエルがふっと目を覚まして、シャオの手の間から、シスター・リースに向かって手を伸ばした。
「まーまー」
シスター・リースは片手で口元を押さえて眉根を寄せて涙を流し、長い爪で傷をつけないよう手の甲でミカエルをくすぐり笑わせた。
シャオの頬を人差し指の甲で涙を拭ってやり、ルディの頭を撫でた。ビリーの頭に落ちた帽子を被せてやり、カインのサラサラした黒髪に触れ、みんなを包むように抱きしめた。
それはまさに”奇跡”だった。リースが長年、神に祈りを捧げ続けていたこと、十字架に込め続けていた家族への愛そのものだった。礼拝堂で、十字架を握りしめて神に祈り願い続けていた事。自らを顧みない献身さ、徳の高さは修道女としては高すぎるものだった。それは一重にリースの人柄だ。それを一心に受け続けていた十字架は、”奇跡”のチカラを宿していた。
黒く焼け焦げたジャックはゲホっと黒煙を吐いて蒸せ、嘔吐き、身体を痙攣させる。
ジャックはうっすらと目を開けた。
「ああ、リース。俺たちは間に合わなかったのか……」
「いいのよ」
リースはニッコリと微笑み、ジャックに口づけをした。
「残念だな、抱きしめる腕がないよ」
リースは両腕を失って軽くなったジャックの身体を抱き寄せた。
「バカね。こんなに傷だらけになって」
「軽いもんさ、大事な人を、家族を守れたんだ」
シスターは涙を流して、ジャックをもう一度抱きしめた。
「みんなもありがとう」
リースに美しい朝日が当たり始めると、眩しそうにシスターはうっと呻いた。リースの長い爪が灰になってボロボロと崩れ落ちた。
みんながシスターに抱きつき、朝日から守ろうとする。
「いいんですよ、みんな。もう……いいのこれが運命なんですから」
カインは上着を広げてリースを朝日から守ろうとしながら言った。
「う、運命なんて知るもんか! 生きて! 母さん!」
「リ、リース……諦めるな。この子達の為にも生きろ……」
ジャックの変身が解け始める。全身の血に塗れた銀毛が抜け落ちると、大地に染み込むように露と消えた。
ジャックは体内で起こる急激な変化に身悶えし、猛烈な痛みに喘ぎ始める。
ジャックは破れていた肺に溜まった、黒々とした血を吐きだし、身体をくの字に折り曲げた。
「リ、リースを守れ! カイン!」
カインはリースにしゃがむよう促し、上着を広げる。みんなにも上着をかけるよう促した。
せめて日陰がないかと探すが、焼け野原となっているここには高い木もほとんどなかった。その遠く、遥か彼方の場所に見えた。カインの目に一筋の希望が。
こちらへと粉塵をあげながら猛スピードで飛んでくるのは、一枚の大きな絨毯だ。いや、その前をアンバーが駆けてくるのが見える。
アンバーの両足が地面を抉るように急激なブレーキをかけて、大きな絨毯をバサっと広げてシスターを包んだ。炭化が止まったリースは、申し訳なさそうに言った。
「ありがとう、みんな。でも、私は……」
吸血鬼なんだ、と言おうとするリースを制するようにルディは言った。
「構うもんか!」
リースは大きな絨毯の裾をギュッと掴んで言った。
「こんなこと……教皇庁が許すはずがないですよ」
「それなら、連れて逃げます!」
シャオの言葉に、リースは止まった心臓に貫かれるような痛みを感じた。リースは涙を飲み込むように言った。
「まだ小さな子供たちだっているんですよ?」
カインは絨毯に包まり、縮こまっているリースに向かって穏やかな声音で言った。
「僕たちは家族でしょ? みんなで逃げよう。母さん」
止めどなく溢れる涙に言葉を失い、逡巡していると、マリアがニーナをおぶって走って来るのが見えた。
マリアはニーナを地面に降ろした格好のまま、大地を殴りつけ、土を握りしめて泣いた。乾いた地面が涙の痕跡を隠すように吸い込んでいく。
ニーナはリースの元に歩いて行った。
ニーナはなにも言わず、リースに抱きついて大きなうわずった声をあげて泣いた。マリアも
「困りましたね……」
ルディとビリーが両脇から支えて、ジャックを起こしてやると、ジャックは言った。
「リース、必ず君を人間に戻すよ。約束する」
リースは聖母のように微笑んで涙を流した。
天幕の下で皆が涙を流し、抱きしめ合った。屋根さえあればそれが家なんだ。その姿を称えるように太陽が”家族”を照らした。優しく優しく包み込むように。
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