第9話 暗闇の中にいる者

 ニーナは闇の中を走った。息が上がり心臓が高まっているのが分かる。地面がよく見えない、足元を見て走ると、空中を走っているような奇妙な感覚が気持ち悪い。足がもつれてしまいそうだ。前だけ見ようとニーナは顔をあげる。


〈見えた!〉


「ルディー!」


 暗闇の中、月明かりに照らされたルディは胸ぐらを掴まれ、片手で高々と持ち上げられていた。


 首が締まって声が出せない。ルディは足をバタつかせて抵抗するが、掴んでいる腕はビクともしない。


 そのもう一方の腕には気を失っている様子のシスターが抱えられている。


「シスター!」


 ニーナの声に反応して振り返ったは予想通りだった。


 自分たちが吸い尽くした人間の身体を手下として再利用する奴ら。


 やせ細った身体。黒い服に金のボタン。肩まである白髪に、尖った二本の八重歯、吸血鬼だ。


 その周りにはゾンビが数体いる。それと上半身裸で、屈強な肉体に牛の被り物をしている男。大きな斧を担ぐように持っている。


「ちょっとっ! そこのあんたっ! その手を離しなさいっ!」


 ニーナは瓦礫の一つを指差し、指を曲げると瓦礫は重力を忘れたかのように浮かび上がった。ニーナが指揮者のように指を上から下にくねらせると瓦礫は吸血鬼目掛けて飛んでいく。


 ニーナに向かって来るゾンビの内の一体が、身体を差し出すように立ち塞がる。盾となった衝撃で瓦礫は二つに割れて、ゾンビの頭がボトリと落ちた。


 それでもゾンビのアゴはガクガクと歯を打ち鳴らし獲物を探して空気を噛んでいる。


 吸血鬼は取るに足らぬと、シスターを牛の被り物の男に渡し、城に連れていくよう命じた。


 白髪頭の吸血鬼はルディを捕まえたまま、背中から黒い翼を生やすと飛び去ろうとした。


「このっ! 待ちなさいっ!」


 ふと、ニーナの足元にキラリと光る物が目に入る。


「バカルディったら! 何捕まってるのよ! あんたはそんなものなの! あんたのチカラを見せなさいよ!」


「ヴ……ヴルゼェ」


 なんとか声を捻り出す。言いながらルディはそのひと言で察した。


 自分の胸ぐらを掴んでいる服の袖に手の先を滑り込ませる。


 ルディの手の周りの空気が吸血鬼の服の中でシューっと音を立てて歪み始める。


 ニーナのチカラの余波で橙色の髪がふわりと浮かび、瞬間的に全力を出したために鼻から血を垂らし始める。大人三人分ほどもあろうかと思われる大きな岩を浮かび上がらせた。ニーナが見えない空気を捕まえて投げるように腕を振った。


「いぃっけぇぇええっ!」


 大岩が吸血鬼目掛けてゆっくりと飛び、徐々に速度を上げる。


 片方の目玉をどこかに落としてしまっているゾンビが身を呈してその大岩を受け止める。


 グシャリと音を立てゾンビの全身の骨が砕けて倒れた。


 止まらない大岩を次は太った身体のゾンビが受ける。


 岩と岩がぶつかるような派手な音を立て、大岩が破裂して細かく飛び散った。太ったゾンビもただでは済まず、身体が半分抉りとられて倒れ込んだ。


 ニーナはすかさず砕け散った石に手を伸ばしてチカラで掴む。


 その石たちをルディと吸血鬼を隔てるように並ばせる。まるで壁だ。


 吸血鬼は異変に気づき顔をしかめた。ツンとする異臭。


 石たちに隠れるように飛ばされていた、ルディの手によく馴染んだ鈍く輝くものが再び収まる。


 カキンッ。


 火打ち式点火器の乾いた小気味いい音が響く。


 ルディは口の端を持ち上げた。


 シュボッ。


「貴様ぁあ!」


 吸血鬼の服の袖の中で溜まったガスに火がつく。


 閃光と衝撃波が一気に辺りを包み、遅れて爆発音が走った。


 ルディは紙切れのように吹き飛び地面を転がった。


 ニーナは自分にも瓦礫で盾を作ると伏せて、爆発が収まるのを待つ。


 そこには吸血鬼はもういなかった。


 ちぎれ飛んだ腕が風に舞いながらニーナの足元に落ちた。


「ニーナ! ルディ!」


 横腹を押さえたビリーと、ミカエルを抱き抱えたシャオが走ってくるのが見えると、ニーナは気を失って倒れた。


 ルディはしこたま地面に叩きつけられ、ボロボロの格好でビリーに助け起こされた。


 シャオはニーナに駆け寄り、すぐさまチカラを使って状態を調べ始める。


 その背後に太ったゾンビが肩や胸、およそ身体の半分を失い、腸をこぼしながら近づいていた。


 チカラを使って集中しているシャオの背中にその腐った片腕を伸ばす。


 孤児院の裏山の方角がキラリと光ったかと思えば破裂音が響いた。


 何かが通り過ぎ、脳天に穴の空いたゾンビは膝をつき、その巨体がゆっくり倒れる。


「大丈夫か! お前たち!」


 ジャックは猟銃から硝煙を出しながら、山から駆け出てきた。


 ルディはビリーに寄りかかったまま唸るように言った。


「父さん、シ……シスターが攫われた」

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