第10話 一陣の風
町から戻る道中、大きな爆発音がして慌てて戻ってきたカイン達は半壊した孤児院を見て愕然とした。
居住スペースの二階部分が吹き飛び、離れたところでキャンプファイヤーのように燃えている。
人影を見つけて走り寄ると、シャオがミカエルを抱えたまま、明かりと暖をとるため飛び散った木材を集めていた。
夜はまだまだ冷える。
ミカエルは場にそぐわない陽気な声でカインに手を伸ばす。
「かーいー」
まだミカエルはカインと言えない。みんなの事もカタコトだ。
カインはミカエルを抱きながら、シャオから経緯を聞いた。
カイン達は孤児院だった場所に踏み入った。
まず目に入ったのは、半分になってしまった楕円形の食卓テーブルに寝かされている三人だった。
大粒の汗をかき、荒い呼吸で寝ているニーナの額に手を当てた。あまりの熱さにカインは手を引っ込めた。
余程チカラを使ったのだろう。脳に負担がかかって熱を持ってしまっている。これ以上使い続けていたら、脳がドロドロに溶けて死んでしまうんだろうか? カインは一瞬自分の脳が溶けてしまう想像をして身震いした。知りたくもないし、試す気もサラサラないが頭の片隅にはこのまま残り続けるだろう。ある本のある一文がカインの脳裏をよぎる。“過ぎたチカラには代償が求められる”
その横ではルディが寝ている。こちらも熱がこもっていて熱い。
「カイン、戻ったんスね。いてて……」
「ああ、マリアも無事だよ。吸血鬼がここに来たみたいだね」
「最低最悪だよ。シスターが攫われたんだ」
「……ああ、分かってるさ。父さんは?」
「みんなの食べるもの探して来るってさっきキッチン……だった所に行ったスよ」
「ありがとう。ビリー。君も休んでないとダメだ」
ビリーは頷いて横になる過程でまた呻いた。
「父さん!」
「カイン、良かった。無事だったんだな。町の暗がりには、はぐれゾンビや吸血鬼は出たか?」
「いや、出てないよ。マリアも無事だったよ」
ジャックは胸を撫で下ろした。
「まさか、シスターが祝福を捧げて守っているここが襲われるとはな」
ジャックは腰に手を当て額の汗を拭いた。
「俺の油断が招いたことだ。すまなかった」
「父さんのせいじゃないよ。やっぱり吸血鬼たちが活性化してるのかな?」
ジャックは複雑な心境でカインの頭を撫でる。
「そうかもしれない。ありがとうなカイン」
ジャックはシャオが集めてくれた木材を重ね合わせ、燃えている瓦礫から火種を移した。
その周りに自然と集まる子供たち。みんなが膝を抱えて火を囲みながら円が出来上がっている。
ジャックは残っていた食料から干し肉をみんなに渡していった。
ミルクも一瓶残っていたものをみんなに配った。ジャックは配り終えると、みんなと同じようにあぐらをかいて座った。星が瞬く天を仰ぎ、冷えた風と焚き火の焼けた風を鼻にめいいっぱい吸い込んでゆっくりと口から吐き出した。
みんな黙々と干し肉にかぶりつき、ミルクを飲んで喉を潤す。
パチパチと孤児院の床だったスギ材、ジャックの机だったオーク材が薪にくべられて燃えている。
誰も喋らず、みんながその様子を見つめている。炎がユラユラと幻想的に揺れていた。
カインは沈黙を破った。
「……父さん、シスターを助けに行こう」
「……ダメだ。お前たちはここに残って隠れているんだ。俺が一人で行く」
カインは立ち上がった。
「どうして? シスターは僕たちの母親も同然なんだよ?」
ジャックは思案していた。
「危険すぎるんだ。吸血鬼のいる廃城に行くんだぞ? あそこは……」
「父さん、僕たちはただの子供じゃない。戦える“特別な”子供たちだ」
クスクスと笑い声があがる。
なんとか説得しようと頭を働かせるが、子供たちはまっすぐジャックを見つめている。
「フンッ! あたしたちは……強いわよっ!」
ニーナはいつの間にか二階だった場所に登って腰に手を当て小さな胸を張っている。
「おれたちは吸血鬼のケツを月まで吹っ飛ばしたんだぜ」
ルディは跳ねるようにテーブルに起き上がり、自分の股ぐらから覗いて尻のところで火の玉を作って見せる。
クスクスと笑い声。
「アイツらぼくらを怖がって逃げてったんスよ。今頃暗がりで震えてるんだ。奴らが来るぞ~ってね」
ビリーは戯けて幽霊のように両手首を曲げて右往左往して見せる。
「お前たち……」
ジャックは目頭が熱くなるのを感じてクルリと踵をかえす。
ミカエルはキャッキャと笑い声をあげた。
つられてどっと笑い声が場を包む。
「あぁ分かった分かった。俺の負けだよ。お前たちのその素晴らしいチカラを貸してくれるか?」
「おおおー!」
みんなが手を上にあげて思い思いに叫んだ。
拍手と火種が一陣の風に捕らわれ一つに連なり天へ天へと登っていった。
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