闇から来たる者ども

第8話 孤児院崩壊

「うぅ……うっく、 痛っ!」


 ニーナは痛めた腕に呻き、血の出ている肘を押さえて立ち上がった。


 傍には倒れたシャオが、ミカエルを庇うように倒れている。ミカエルは青い瞳に涙をたくさん浮かべてわーんわーんと泣きじゃくっている。同じく毛先が青っぽいツインテール髪もしゃくりあげられて、それにつられて揺れている。


 あれ? シスターは? ぶつけた頭のせいか、ぼんやりと辺りを見渡す。


 半分倒壊した孤児院が見える。その姿は見る影もない。吹き飛ばされた部分は少し離れた所で燃えている。焦げ臭い。シスターがいない。


「シスター! どこなの? あいつら……」


「バカルディ! ビリー! 返事をしなさい!」


 ゴォゴォと闇世の中で、瓦礫と化した孤児院の一部が燃えている。


 本棚が燃えているんだ。みんなで集めた本。ジャックが書いた絵本。アンバーが好きな本たち。


 ニーナはミカエルを抱き上げてやった。泣き止んだが、怪我したかどうかが分からない。


「シャオ! 起きて! ミカエルを診てほしいの!」


 シャオはニーナに乱暴に揺すられて目を覚ました。なんとか上体を起こし、抱き抱えられているミカエルを摩る。


 意識を集中すると、薄いピンク色の光が五指を伝い、ミカエルの身体をスキャンする。頭の先から足の先まで。


「大丈夫です。 少しびっくりしただけみたいですね」


「良かった」


 ニーナは安堵のため息を漏らす。


「ねぇ? ニーナ、眼鏡見なかったですか? 私ほとんど見えなくて、あれがないと……」


 シャオは申し訳なさそうな顔を浮かべている。すぐ近くにいるのに、ニーナの顔が見えていないようにも見える。


 ニーナはキョロキョロと辺りを見回し、運がいいことにすぐ側に落ちている眼鏡を拾ってシャオに渡した。


 シャオは礼を言って眼鏡をかけてみるがなにか変だ。


「あー! ヒビが!」


 左目のレンズに斜めに一本線が走っていた。シャオは落ち込んだ。


 でも、落ち込んでいる暇なんてないんだ。シャオとニーナは無言で頷きあう。


「シャオ、ごめん。敵がいないか探ってくれる? バカルディとビリーはあと回しでいいわ! シスターがいないの」


「えっ? 分かりました!」


 シャオは両目を閉じて、両腕を伸ばした。両腕は意識の先端を向けるため。こうすれば遠くの方まで探れる事を経験で学んだのだ。


 薄いピンク色に光る五指の一本、薬指が上から糸でも引いているかのように跳ね動く。


「八時方向でなにか動いてます。四時方向でもなにかが二つ」


「分かったわ! ミカエルをお願い!」


 ニーナは泣き止んだミカエルをシャオに託した。


「はい!」


 ニーナは八時方向、瓦礫が燃えている辺りに走っていった。その後をミカエルを抱えたシャオが追いかける。


 いた!


 そこではビリーと、ガリガリで腐った身体で動く――ゾンビとが対峙していた。


 ゾンビは骨の浮きでた身体で、腕を突き出したままヨロヨロとビリーに向かっていく。


 ビリーは手のひらを擦り合わせてそっと開く。両の手のひらの間で数条の雷が迸る。


 ビリーは左からのノロノロした大振りを「うわっ!」と言ってしゃがんで避けると、その腐りかけた胸元に両手を押し付けた。


 激しい音を立てて雷がゾンビの身体を駆け抜けると、ゾンビの身体は白い湯気を吹き上げ、制止したかと思うと地面に倒れた。


 腐った身体が焦げる、なんとも言えない臭さが漂う。


「ビリー! よかった! 無事なのね!」


 ニーナはビリーに走り寄った。


「ああ、ぶ……」


「ルディは!? あいつは無事なの?」


 ニーナはビリーの返事を食い気味に聞いた。


 ビリーは細い目をさらに細めて応じた。


「……分からないっス。一緒に二階のベランダから外を見張ってたんスよ。そしたら、夜空から突然なにかが向かってきて……うぅっ、爆発した。それで建物が吹き飛んで、僕らも二階から落ちて……」


 ビリーは横腹を押さえて膝をついた。


 シャオが駆け寄り、傷口に意識を向けて撫でる。恐らく孤児院が爆発した時に、強く横腹を打ち付けたせいなのだろう。


 シャオの意識化でビリーが押さえている箇所、そこだけ小さな血管がいくつか破裂しているのが分かる。でも、治すことは出来ない。


「大丈夫です。強く打っているようですが命に別状ありません」


「あ、後は分かるっスよね? ゾンビがいるってことは……」


 ニーナはもう走り出していた。単身シャオが感じたもう一つの場所へ。燃え盛る我が家を背にひた走る。

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