第3話 マリアとルディ

 グレイス孤児院の重い門扉がバターンと派手な音を立てて開いた。


「あら? ようやくマリアが帰って来ましたね」


 そそくさとシスター・リースはキッチンへと向かう。


 腰まである長い金髪を無造作に束ね、束ね損なわれている髪の毛が頭のてっぺんで虫の触角のように一本揺れている。持ち主のマリアは開口一番に言った。


「ねえ、シスター! お腹空いた!」


 白いタンクトップと短パン姿のマリアは畑仕事用の黒いブーツを脱ぎ、麦わら帽子をコート掛けにポンと放り投げた。そしてお気に入りの茶色いブーツに白い足を通した。


「はいはい、今日はジャガイモとニンジンのシチューですよ」


 シスター・リースは温め直したシチューをトレイに乗せてマリアの元へ運んだ。


「わーい! 私、シスターのシチュー大好き!」


 マリアはニッコリとシスター・リースに笑いかけて自分の席に座る。


 食堂のドアの隙間からジャックが覗いているのに気がつくと、あからさまに嫌そうな顔をした。


 ジャックは顔を引っ込めた。


「ねえ、シスター! 明日はメドベキアの町まで行ってみようと思うの!」


「ダメですよ、まだ町は危険かもしれないんですから。昨日ジャックさんにも言われたでしょう?」


「で、でもさ、誰かがお金を稼がないと……」


「子供はそんな心配しなくても大丈夫ですよ。それに、ここは教皇庁の管轄区域だから、お金も寄付金があるのよ」


 シスター・リースは笑顔を浮かべて安心させようとマリアの肩に手を置いた。


「……はい。シスター」


「いい子ね」


 もう子供じゃないもん。もう十二歳だもん。マリアはスプーンですくって、じゃがいもとニンジンの白い海を啜った。あ、美味しい。濃厚な味わいと深いミルクの香りが、マリアの顔と心を少しだけ柔げた。



 ***



 シスター・リースは書斎に戻った。よく日の当たる窓際にはオーク材の凝った装飾の机が置かれ、ジャックはよくここで絵本を書いている。今はどこかに行っているようだ。


 シスター・リースはジャックの机に手を這わせた。ふと思いとどまり、書斎の隅にある簡易な机のひとつに腰掛けた。黒い修道服がふわりとなびく。机の引き出しから分厚い帳簿を取り出した。


「さて……っと」


 シスター・リースは眉根を寄せてペンを泳がせる。しばらくしてペンは淀んで止まると、シスター・リースの頭を柄でかいた。



 ***



 シチューを食べ終わり、食器を洗ったマリアは、保存瓶から干し肉を一枚とレタスをパンに乗せ、サンドイッチを作って布皮で出来たリュックサックに入れた。


 マリアは外へ……行く前に、オマケでニーナの秘蔵のリンゴも一つ拝借。マリアはペロリと舌を出した。


 マリアがシスター・リース手作りの緑色のリュックサックを背負って、庭に出るとルディとビリーが池で見つけた亀を虐めていた。


 木の棒で甲羅を叩いて頭を出せと無理強いする。終いにはルディがポケットから小型の火打ち式点火器を取り出した。ルディが指で弾くと、バネ仕掛けの小さなハンマーが火打石を叩いて火花を散らす。


 マリアは背後からそっと近づき、二人同時にゲンコツをした。


「いってぇー! 何すんだよ! 変人!」


 ビリーは余程痛かったのか、まだ白い髪を隠している帽子を押さえている。


 あ、そーか。天辺に帽子のポッチがあるから余計痛いのか。開き直り、マリアは腕組みをして言った。


「あんたたち! くだらないことしてんじゃないわよ! 池に帰してあげなさい!」


「うっせー! 変人! チカラもないくせに!」


 カチンときたマリアはルディの腹を蹴った。


 もんどりうってルディはビリーの上に倒れ込む。ビリーはルディの下で苦しそうに呻いた。


「てんめえ!」


 ルディが火打ち式点火器の火花を手のひらに近づけると、手のひらの上に火の玉が出来上がり風船のように膨らんでいく。


 ルディは火の玉をボールのようにマリア目がけて投げつけた。


 マリアは左に飛び退いてそれを避ける。マリアのいた場所で火の玉が弾けて芝生を焼いた。


 マリアはルディに向かって走り、飛びかかって押さえつけた。マリアはルディの顔を平手打ちした。二度、三度。


 マリアはルディの胸ぐらを掴んで言った。


「よくも言ったわね! チカラがないからなんだってのよ!」


 マリアはルディを跳ね除け、リュックサックを背負うと歩き去っていった。


「いってぇなクッソー! んだよ! あの女!」


 ニーナとシャオはいつの間にか背後に立って口を揃えて言った。


「あんたが悪い」


 ニーナはあからさまに呆れてみせた。


「女相手にチカラまで使ってさっ。いっくら弱っちいあんたでもあそこまで言う? シスターに言いつけてやるんだからねっ!」


 ルディはこれから起こることを想像して青ざめた。


 ビリーは亀の甲羅をポンと叩いた。


〈お前のせいだぞ〉

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