第4話 帳簿とシスター

 カインは書斎の前で木扉をノックした。中から声がする。ドア越しでくぐもっているが、それと分かるほど澄んだ声が返事をした。


「どうぞ」


「シスター・リース、帳簿の方はどう?」


 シスター・リースは本当に申し訳なさそうに、疲れた顔を見せまいと応じた。


「カイン……ちょっと良くないです。ごめんなさいね。あなたにまでこんな心配させてしまって」


 シスター・リースが首を少し傾げると、長い桃色の髪が肩を撫でるように揺れた。


「いいんだよ。父さんじゃここの運営なんて出来っこないんだから」


〈うっ〉


「畑で出来るお野菜だけじゃ、ちょっと不足ですよね。今はジャックさんとマリアが畑を頑張ってくれていますが、まだ小さい子たちの服やミルクだって買わないと……」


 シスター・リースの脳裏を数字が飛び交い、思わずため息をついた。カインの視線に気づいて慌ててとりなし、笑って言った。


「ご、ごめんなさい。これじゃ余計心配させてしまいますね」


「シスター、ずいぶん疲れてるようだけど? ちゃんと休めてる? 僕が町に働きに行けるといいんだけど」


 シスター・リースは微笑んでカインのサラサラした黒髪に手を置いて言った。


「あなたも、マリアもいい子ですね。ありがとう。気持ちは嬉しいわ。ジャックさんも頑張っているし、もう少し様子を見ましょう。教皇庁も今は苦しいみたいで、こっちにはなかなかお金が回って来ないけれど、もう少しだけ……ね?」


 シスター・リースは胸の前で手を合わせた。


「分かったよ、シスター。でも、本当に無理はしないでね」


 木扉がある方から声がする。


「うわっ!」


「こんなとこでしゃがんでなにしてんのよ? 父さん」


「あ、いや、その、シー……」


「……まぁいいわっ。どいてちょうだいっ」


 コンコンと木扉が鳴る。


「どうぞ」


 シスター・リースが応じる。


 ニーナは木扉から入ると、腕を組み、鼻をツンとつき出して息を大きく吸って言った。


「シスターっ! バカルディとマリアがケンカしたわっ! バカルディったら、マリアにチカラもないくせにって言って、チカラまで使って攻撃したのよっ!」


 シスター・リースは目を瞑って聞いていたが、その眉がピクリと跳ねる。


「……誰も、怪我はないですか?」


「ないわっ。バカルディが叩かれただけよ」


 シスター・リースはふぅっと息を吐き出して「そうですか、分かりました」と言って木扉から出ていった。


 扉の外には手足をピッチリと伸ばし、石像のフリをして気配を消そうとしているジャックがいた。シスター・リースはそれを横目でチラリと見て、ふふっとほくそ笑んで廊下を歩いていった。


「んで、そこで何してるのよっ? 父さん」


 ジャックは扉の陰から困ったように笑いながら出てきた。


 カインは心の底から深いため息をついた。

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