まるで少女のような

 澄んだ朝の湖のような瞳はこちらを見据えている。彼のその瞳がすきだ。


 いつのまにか私はその瞳の虜になっていた。奥に眠る恋慕を知ってからは、もう逃れられない程に深く。

 それは監獄のように強固で、そして甘い砂糖のような罠だ。知らない間に私はその檻に囚われてしまったのだ。


 彼の指は細い。しかし節ばったそれは紛れもなく男の性を持った人間の手だった。

 不意に冷たい指の先が耳にふれた。それは私の体温でみるみる暖かくなると頸から首筋へとなぞる。

 甘い響きだ。絡め取られるように落ちていきたくなる。けれど、そこは少しおあずけ。

 彼の唇はしっとり湿っていた。その口付けを人差し指でゆっくり止める。


 今はまだその時ではない。その砂糖のような温もりに溺れたい。

 けれど、きっとそれはこれからの運命を乗り越えた私たちにだけ与えられる甘美なご褒美だ。


 彼の腕が私の腰を引き寄せた。おあずけの意味は彼もわかっている。だからこそ、この温もりは尊いのだ。

 細い腰に手を回す。この瞬間がいつまでも続きますように、そんな少女のような願いを込めて、私は目を閉じた。

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短編集 風詠溜歌(かざよみるぅか) @ryuka_k_rii

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