【ZAW】バレンタイン

 その日、兄は何かそわそわしていた。

 学校に行く時は「今日は用事があるから!」などと言ってあたしより先に家を出るし、学校でも同じクラスなのに全然目を合わせようとしない。話しかけても適当に流されるし、まるであたしを避けているようだった。

「わー! つまんないー!」

「あ、ブラコン」

「ブラコンじゃないよ! 悠が適当なのが悪い!」

「あはは。ユウッチだってそう言う日もあるでしょ。そんなことより風、チョコ持ってきた?」

 可愛らしい髪留めをつけた親友、渚は目を輝かせてあたしの耳元に口を寄せる。そうか、今日は世間一般には好きな人にチョコレートをあげる日──とは言えそれはこの国だけでの話だが。

「なるほど! わかった!」

「え、なにが?」

「なんでもない!」

 ばっと立ち上がったあたしに渚は驚いて目を白黒させている。そういうことか。んだ。

 そうとわかったらあたしを避けるのも当然だ。双子の妹がいる前でチョコなんて渡せない。最も、それは渡す人がいる前提だけど。

「ふふーん、あたしは優しいから協力してあげる! あ、でもたぶんもらえないから帰りにチョコ買おうっと」

「風、さっきから何一人で喋ってるの? まぁいつものことだけど」

「えへへ、今日という日が少し面白くなったよ」

「何それ、意味わかんない」

 渚は笑窪を浮かべて可笑しそうに笑う。そして彼女はカバンから小さな包みを取り出した。

「はい、風の分。友チョコね!」

「え、あたしにくれるの? やったー! ありがと渚、好き〜!」

「はいはいくっつくなくっつくな」

 でれでれするあたしを渚は犬でも愛でるようにわしゃわしゃと撫でる。昼の時間はもう少し、鐘がなるまで誰が誰にあげたとか、もらったとか、そういう話で盛り上がっていた。




 結局友達からたくさんのチョコレートをもらったあたしはホワイトデーに何を返そうか考えながら帰宅した。

 もちろん、兄へのチョコレートはちゃんと買ってきた。コンビニで買った一口サイズのチョコレートはあたしのお気に入りのビスケット味だ。

 家の扉を開けると帰宅部の兄はもう帰っていて、部屋に閉じこもっているようだった。私は制服のまま兄の部屋の扉を開け放つ。

「じゃーん! かわいい双子の妹からモテない悠にチョコのプレゼン……」

「わーーーーー!!!!!」

 悠は机の上に広げていた何かを隠すと、あたしに向き直る。

「な、なんなの急に! ノックしてから入ってよ!」

「サプライズ感が欲しくて……あたしを避けて今日一人でいたのに誰からもチョコをもらえなかった悠のために、あたしからチョコレートのプレゼントだよ。ハッピーバレンタイン!」

 差し出されたチョコを見て悠は目を白黒させるとしばらくの沈黙のののち落ち着き、そして大きなため息をついた。

「……風。何もかもが間違ってるよ」

「え?何が?」

「まず別に避けてない。今日日直ってだけで三島先生からめんどい仕事頼まれてたから忙しかっただけ。あと、チョコはもらった」

「そういうことかー! って……え?」

「え、じゃないよ。そういうことだからさっさと出てって、これはありがとう」

「えっえっ! 見せてー! 誰からー!?」

「絶対に見せないから!」

 悠は机の上を必死で隠し、あたしはそれをどうにかして確認しようとする。下からお母さんの怒号が飛んでくるまで、その攻防は続いたのだった。

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