【ZAW】立ち往生

「ひどい雨ね」

 長いまつ毛を少し俯かせて彼女は言う。バケツをひっくり返したような雨は止みそうにない。

 ある程度のぬかるみなら炎と風の魔法を使ってどうにかできるが、このような雨に降られてはどうしようもない。馬車の荷台の中で二人で外を眺めていた。

 任務で立ち往生することは少ない。大抵は魔法でどうにでもなる。でも天気を変えることまではできない。それが魔法の限界だ。

「そうだね。こんなの初めてだよ」

「そうね。……ふふ」

 本来なら落ち込む状況だ。しかしティリスは微笑む。その笑みの意味がわからなくて僕は首を傾げた。

「最近、あんまり一緒にいられなかったでしょう?」

 確かにそうだ。昇進や遠征に伴ってなかなか共に過ごす時間が取れなかった。彼女も僕も忙しい。それは事実だ。

「だからね」

 彼女の細い指が僕の手に絡んだ。少し赤らんだ彼女の顔がとても魅力的に見える。

「あなたと今一緒にいられるのがとっても嬉しいの。……不真面目かしら?」

 たまにこうやってふざける彼女は可愛い。絡んだ手を包み込んで僕は言葉を返す。触れている彼女の手は外の雨と違ってとても暖かかった。

「僕も嬉しいよ。もう少しだけ雨が続けばいいのにね」

 馬車を包む雨はもう止みそうだった。しかし彼らはほんの少しだけその立ち往生を延長する。

 少しだけ、少しだけでもその温もりを感じていたい。そんなささやかな願いを叶えるように、寄り添って雨が止むのをただ見つめていたのだった。

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