【ZAW】立ち往生
「ひどい雨ね」
長いまつ毛を少し俯かせて彼女は言う。バケツをひっくり返したような雨は止みそうにない。
ある程度のぬかるみなら炎と風の魔法を使ってどうにかできるが、このような雨に降られてはどうしようもない。馬車の荷台の中で二人で外を眺めていた。
任務で立ち往生することは少ない。大抵は魔法でどうにでもなる。でも天気を変えることまではできない。それが魔法の限界だ。
「そうだね。こんなの初めてだよ」
「そうね。……ふふ」
本来なら落ち込む状況だ。しかしティリスは微笑む。その笑みの意味がわからなくて僕は首を傾げた。
「最近、あんまり一緒にいられなかったでしょう?」
確かにそうだ。昇進や遠征に伴ってなかなか共に過ごす時間が取れなかった。彼女も僕も忙しい。それは事実だ。
「だからね」
彼女の細い指が僕の手に絡んだ。少し赤らんだ彼女の顔がとても魅力的に見える。
「あなたと今一緒にいられるのがとっても嬉しいの。……不真面目かしら?」
たまにこうやってふざける彼女は可愛い。絡んだ手を包み込んで僕は言葉を返す。触れている彼女の手は外の雨と違ってとても暖かかった。
「僕も嬉しいよ。もう少しだけ雨が続けばいいのにね」
馬車を包む雨はもう止みそうだった。しかし彼らはほんの少しだけその立ち往生を延長する。
少しだけ、少しだけでもその温もりを感じていたい。そんなささやかな願いを叶えるように、寄り添って雨が止むのをただ見つめていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます