【ZAW】かてっこない

「あなたが彼を助けてくれたのね、ありがとう」

 勝てない。そう思った。

 自分の愛する人が今この時、死にかけているかもしれないのだ。私なら彼を数日保護しただけの地味な女のことなんて気にしない。

 今すぐにだって追いかけたいだろうに、それなのに、その人は私に悲しい顔を見せずに笑っていた。


 彼が夜うなされている事を私は知っていた。必ず彼女の名前を呼んでいた事も。けれど私ははじめ、深入りしようとは思わなかった。触れることで彼が私から離れていくような気がしたから。

 彼女の存在を忘れてくれればいいのに。そうすればここにいてくれるかもしれないのに。そう思ったことだってある。

 そんな考えが一瞬でもよぎったことが恥ずかしかった。目の前にいるこの女性は何もかもが美しい。出で立ちも所作も、そして心でさえも。


「……ナタリーさん?」

 首を傾げて覗き込んだ彼女の顔には泣いた後があった。その筋をみて思う、私には泣く資格はない。

「ティリスさん。あの」

 言葉に詰まった。なんて返せばいいのか、わからない。

 どういたしまして? 私も彼のことを愛してる?

 長いこと沈黙していた。私を見る彼女の若葉色の瞳が疑問に揺れる。


 ああ、そんなところまで彼と同じなのね。


「……ディランさんは、貴女の事を誰よりも愛しています。だから、きっと」

 どうしてこんな言葉が出たのかわからなかった。私はきっとそんなこと言いたかったわけじゃない。

 なにか、なにか彼女よりも彼を……私は……。

 押し黙った私に彼女は再び感謝の言葉を紡いで笑顔を見せると、仲間たちの元へと歩いていく。

 ああ、やっぱり私はこの人に、かてっこない。


 後ろ姿を追いかけられなかった私を慰めるように、乾いた風が髪を揺らした。

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