【琥珀色の天使】天使を見た日

 昔、天使を見たことがある。


 最近妹の様子がおかしい。普段外に出て遊ぶのが好きな妹が、何故か部屋に閉じこもりがちなのだ。

 しかも怪我もしてないのに救急箱を使ったり、風呂場で大騒ぎしたり。母は隠れて猫でも飼っているんじゃないかと疑っていたが、餌のためにご飯がなくなっていたりなどと言うこともなく、結局その証拠は見つからずじまいだった。

 母のその考えはきっと杞憂。気分屋の妹のことだ、きっと何か面白いと思うものでも見つけて、夢中になっているんだろう。そんな風に私は考えていたが、母の考えはある意味間違っていなかったと言うことを私は後に知った。




 その日も妹は学校から帰ると一目散に部屋へと向かい、それから数刻出てこなかった。

 時折誰かと話すような声が聞こえてくるが友達を連れて帰ってきた様子はないし、話し相手の声は全く聞こえてこない。

 ついにおかしくなってしまったのだろうか?

 幼い頃からお転婆で周りを振り回してばっかりの妹だが、私が悲しんでいるときには一緒に泣いてくれるような優しい子だ。そんな子が変になってしまったなんて思いたくない。

 そうして、心配になった私はおやつのプリンを持って、彼女の様子を見にいくことにしたのだった。




「おやつだよー」

 ノックをせず中に入ろうとすると妹の焦った声が聞こえてくる。

 私はその声を無視して部屋のドアを思い切り開いた。


 そして、固まった。


 見たこともないほど美しいものだった。

 切りそろえられた濃い金色の髪。宝石のように透き通った琥珀色の瞳。それと同じ色をした宝石は彼女が纏う純白の絹を彩っている。背中には柔らかそうな大きな翼を携え、そしてその頭上には細い金色の輪が浮いていた。


 ーー天使だ。

 それ以外に形容しようがなかった。

 妹は不思議そうに首を傾げてこちらを見ている。

「お姉ちゃん?」

「あ……これおやつ……食べたら片してね」

「ありがとう?」

 語尾が変な風に上がった彼女は明らかに私を訝しんでいた。しかし私は一刻も早くこの部屋から出なきゃいけないと言う一心で扉に手をかけ、そして、閉めた。

 天使の柔らかい翼の端が、その手に少し触れたような気がした。


 急いで自分の部屋に戻ると私は扉に背を持たれて深いため息をついた。

 あれは何だったのだろうか。

 いや、天使だ。紛れもなく天使だった。

 私は、天使を見たのだ。

 何だか少し嬉しかった。本の中でしか読んだことのない天使が実際に、いたのだ。

「ってことは、あの子が夢中になってるのって、天使?」

 猫なんかじゃ収まんないじゃない。そう思って私は小さく微笑んだ。




 それが私が天使を見たあの日の記憶だ。

 都会ではたまにしか降らない雪がちらつき、何だかそれが天使の羽のようでそんな昔のことを思い出した。

 ふと、妹に連絡してみようかと思い立つ。

 初めてできた彼氏と駆け落ちした妹は実家に連絡を入れることはないらしいが、姉の私がたまに話すくらいいいだろう。

 どんな話ができるだろうか、天使のことも聞いてみようか。

 そんなことを思いながら、斎藤結衣菜は"楓"と名前のついた電話番号を押して携帯電話を耳に当てたのだったーー。

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