第3話

ただ呆気にとられていた。


―――はい、じゃあ今日はここまで。しっかり復習しておくようにー。


「山田、ちゃんと起きてろよなぁ」

「えっあ、うん」

「世界史がつまらんのは同意するが、聞いてないと俺ら赤点だぞ」

「お…おう…そう、だよな…」

「まだ眠そうだな、顔でも洗ってこい」

「ん…」


顔を洗っても眠気を覚ます科学的根拠はないのは知っていた。でも、洗わないといけない気がした。気がしたと言うより、何も考えられなかったの間違いかもしれないが。


やはりふよふよしている謎の物体はくすくす笑いながらこちらをついてくる。


蛇口から水を出して思いっきり顔に打ち付けた。タオルで拭いても拭いても真夏の汗の様にぽたぽたこぼれ落ちる水を無視し、俺は言った。


「―――お前は、誰だ。」

「えぇー、私の事1ヶ月もたたないうちに忘れちゃったの?」

「いや、そういう訳じゃない…」

「じゃあなに?」

「なんでここにいるんだ、その姿も」

「ふふっ」

「…。」

「あー、私が君に未練があってこうなってる訳じゃないからね」


言葉が詰まる。何で俺にしか見えないんだよ、そう言いたかった。でも、そんな事言う資格は俺にはないと気づき口を塞いだ。


「気づいたらこんな姿だったの、よくわかんない。でもまだやり残した事沢山あったんだよ」

「例えば…?」

「みかちゃんと最近できたカフェ行くとかー、カラオケも行きたかったんだよ」

「お前、そんな事で戻ってきたのか」

「そんな事とは何よ、ほんとに行きたかったんだもん」

「そういえばそういう奴だったな、お前。」


やっと顔からこぼれ落ちる水滴が止まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

青花 午時葵 @cistus

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る