鬼畜の所業!僕のソーセージを食べろ!

食育って、そんなベタなことをしなくったっていいのに。僕たちは一年育てた……一緒に過ごした豚を食べる。先生がそう言うから。僕は、隣にいるブリギッテをちらりと見た。一年前のあの日から、彼女は飼育係を勤めていたのだから。



新学期はいつだってドキドキする。新しいクラス。クラスメイトに友達はいるか?いじめっ子はいないか?可愛い女の子はいるか?そんな思いをするのも、もう三回目くらい。特に女の子に関しては、一年生の頃は意識していないかったと思う。


席順を見て、僕のドキドキは最大限に加速した。マドンナB!学年一の美少女ブリギッテが、僕の隣の席なのだったから……しかし、そのドキドキは、次に起きた珍事件により、霧散してしまった。


校庭に犬?が迷い込んだ。犬にしては、動きがたどたどしい。なんだか、ドタドタと走っている。ちょうど、僕たちのクラスはLHR中で、校庭でダンスレッスン中だった。


「豚だ!捕まえろ!」


誰かがそう叫ぶと、皆、ダンスをやめて、わーっと追いかけ回し、校庭の端っこのフェンスに追い詰めた。それは、豚だった。ブヒブヒ言ってるので、間違いなく豚だった。遅れて担任の先生が、縄と首輪を持ってきた。安全のために皮パンを履き込んで来ていたのは、先生の真面目な性格が伺えた。しかし、その後に、先生は驚くべき提案をしてきたのだ。


「この豚を育てましょう!命の教育です!」


なんだか面白そうで、迷い込んだ豚も哀れだったので、反対する生徒はいなかった。しかし、飼育係を決める時は、名乗りでる生徒はいなかった。豚は、臭そうだった。


飼育係を決めないと、LHRは終わらない。多数決という名前の押し付け合いが始まろうとした時に、すっと手を挙げた女子がいた。ブリギッテだった。


「先生、私が豚を飼育します」


驚きと安堵。男子のガヤが飛び交う中、僕は最大限にときめいていた。


「マドンナB!好きだ!」


心の中で、叫んでやった。その日から、僕らと豚の暮らしが始まった。皮パン先生は厳格な性格で、「豚は豚だ」と言い切り、豚に名前をつけることを許さなかった。だから僕らは、豚のことを「豚」とか「豚野郎」と呼んでいた。


学芸会の時は、豚にも衣装を着せて、一緒に舞台で踊った。サングラスとギャグボール。豚は、ブヒブヒと喜んでいた。冬のスキー合宿も一緒だったし、節分の時は、豚に豆をたくさんぶつけた。一年はあっという間だった。


「今日は、豚と一緒に工場に行って、その後は、ソーセージを作ります」


皮パン先生は、朝のSHRで行った。僕らは、その日がいつか来るのは知っていたけど、やはり、驚きは隠せなかった。食いたくねえよ!と叫ぶ男子もいれば、泣いてしまう女子もいた。僕は、飼育係だったブリギッテを見た。彼女は、いつものように凛としていた。


豚はハイエースに乗った。最後のお別れをして、豚に花の首飾りをかけた。僕らは、バスで工場に向かった。バスには「京都県東山市アイランド小学校5年J組御一行様」と縦書きの紙が貼られていた。


僕らが到着する前に、豚は工場で屠殺されていた。すでに命を失った豚は、逆さまに吊るされ、解体が進んでいく。肉と骨、臓腑と分けられていく。顔を覆っている女子もいる。男子も、いつものような軽口を叩く者はいない。


僕らはソーセージを作る。分けられた腸を見て、「これ、触るの?今から」と思っていた。作業用の割烹着に着替えて、クラス皆で、ガラスの向こうの部屋に入った。


豚の解体は、まだ続いている。工場の人が「ちょっと触ってみますか?温かいですよ。命です。食育です」と言う。食育って、そんなベタなことをしなくったっていいのに。僕は、隣にいるブリギッテをちらりと見た。


「はい」


と彼女は手を挙げた。すたすたと前に進み、工場の人の指示通りに、吊るされている豚の肉の中に、手を挿し入れた。


「温かいわ。本当に温かい」


そう言う彼女の横顔は、本当に美しかった。ゆったりした割烹着で良かったと思う。先生みたいに皮パンを履いていたら、大変なことになっていたと思う。


その時のブリギッテの横顔は、僕は生涯忘れないのじゃないかと思う。ブリギッテ・マカマカ・モウイッポン・オケ・ダンシア……彼女は最高に美しい。


その後は、マドンナBに続くように、皆、豚に手を挿入していた。僕も挿入した。確かに、温かい。これが、命の温かさなんだと分かる。


その後は、肉をミンチにしたり、腸を洗ったり、伸ばしたりして、クラス皆でソーセージを作った。豚への感謝、命への感謝、食べ物への感謝。皆、柔和な表情だったし、先生は感動して泣いていた。


ソーセージを作り終えると、焼いたり、ボイルしたりして、パンに挟んで食べる。それが今日の昼食であり、食育という式次第の最後の項目だった。


「僕のソーセージを食べろ!」


豚の声が聞こえた気がする。皆で、ソーセージを食べた。ブリギッテも何本も咥えて食べていた。


工場の人が用意してくれたデザートのジェリーが美味しかった。豚のゼラチンで固めてあると言う。


女の子は甘い物が好きだ。ジェリーを口に含み、マドンナBこと、ブリギッテはこの一年間で最大の恍惚の表情を浮かべていた。窓から差し込む柔らかい光の中で、それは、とても映えた。

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