最終章 冬から春へ

第19話 最上級生として

 三月三日。

 ひな祭りの日までに飾られた茶道部などが使っている作法室に七段飾りのひな人形が置かれてあったのを思い出した。



「う~ん」

 朝起きてから一度時計を見て、ベッドの上でもぞもぞしてから下りることにしたんだ。

 大きく伸びをしてから制服を着替えることにして、クローゼットから必要なものを取り出していく。


 今日はきちんとした髪型と服装でいないとダメな日で、久しぶりにタイツではなくて靴下を履いていくことにした。

 鏡で髪型は大丈夫でスカーフを丁寧に結っているんだ。


「母さん、今日はお昼に帰ってくるからね」

「はいはい。行ってらっしゃい、在校生としてちゃんと参列してきてね」


 母さんが急かすようにキッチンで皿を洗っているのが見える。

 わたしはローファーを履いて外に出ることにしたの。


「行ってきます」

「行ってらっしゃい」





 駅から歩いて十五分が経つとしだいにセーラー服を着た小中学生や高校生が来ているけど、高校生はあまり見かけなくてちょっと不安になってくるんだ。


 今日は一年生が休みで学校に登校するのは二年生と三年生のみだからってこともあるのかもしれない。

 駅の大通りを抜けて、正門の方から入っていくときに看板が出ている。


結城ゆうき女学院高等部 卒業証書授与式』


 今日は三年生の卒業式で、二年生は在校生を代表して参列することになっている。





 講堂にはすでに二年生が着席して卒業生や来賓を待っているところだ。


「二年生は卒業生の後ろの席に背の順でいいから」


 一組から座っていくと、うちのクラスは二年六組なのでちょうど真ん中になるんだ。

 そして最後列が特進コースの九組と十組が座っている。


 わたしの右隣には日菜ひなが緊張した表情をしているのが見えた。

 二年五組の教室にはあまり緊張感があまりない感じで、いまはとても緊張しているみたいだったんだ。


 ここへ来る前に三年生の教室の黒板アートがハイクオリティで描かれてあると噂になっていたのを実際に見に行った人がいるらしい。


 それを見に行っている二年生が学年の先生に教室に戻るようにと言われているのが聞こえてきたんだ。

 しばらくしてからその人たちが戻ってきて、少しクラスの雰囲気も暗くなっていた。


「あの五人って。ダンス部の?」

「うん、うちがダンスの授業をしていたときのグループ」


 ダンス部では複数の部員が停学処分になっていて、それと年度末まで活動も停止することが起きていたんだ。

 理由は定かではないけど、二週間くらい大野さんと渡辺さんが停学処分になっていたのが大きいのかもしれない。


「日菜は副部長になったんだよね?」

「うん。卒業式が終わったら、先輩に色紙を渡しに行くんだ。河野ちゃんも一緒に行くんだ」

「そうなんだ」


 わたしは全くそんなことは一年生のときから関係ないことだと思っている。

 教室で最近は部活に入っている人は卒業していく先輩に宛てて色紙や手紙を書いていた。


「これから寝ないようにしないとね」

「うん。今年、初めて卒業式を見るからね。来年は向こうに」





 そのときに保護者や来賓の人が来たのが見えてきた舞台には日の丸と校章が書かれた旗が並んでいる。

 ざわざわとした会場のなかで先生がマイクを持つとだんだんと在校生から静かになっていくのが見えた。



「卒業生入場」



 先生の言葉で講堂の後ろ扉が開き、卒業生がクラス順に入場していく。


 在校生たちと同じ紺のセーラー服に赤いスカーフを身に包んでいるけど、今日は胸には造花の飾りがつけられている。

 卒業生の担任の先生は女性が袴を、男性は礼服を着ているのが見えた。


 一組から順番に歩いて行くのが見えてきて、拍手をしながら後ろを見ようとしていた。一年生のときにお世話になった先輩がいるかもしれないと思ったから。


 隣にいる日菜は少し泣きそうな顔をしていると思う。


 今年の卒業生は三学年のなかでは一番多い三百二十人余り。卒業証書は一人ずつ呼名されて校長先生から手渡される。

 卒業生の呼名をしていくと各クラスの担任の先生がこちらに話をしているのが見えたのだ。





 それからしばらくしてから四組の呼名が始まったんだ。



鮫島さめじま絵里えり



 その名前を聞いてとても懐かしい名前が聞こえてきた。

 それはダンス部でよく声をかけてくれたのがうれしかった。


 鮫島先輩の手にも卒業証書が手渡されていくのを見て、少しだけ鼻の奥がツーンとしてきて泣きそうになってしまう。

 日菜はすでに静かに泣いているのがわかってから、少し落ち着こうと深呼吸していく。


 式は粛々と進み、来賓祝辞などが終わってからはそれぞれ在校生による送辞と卒業生の答辞が始まった。

 現在は在校生代表として生徒会長の福井さんが卒業生に向けて送辞を読んでいる。


「卒業生の皆さんが繋いできたバトンを後輩たちへと繋いでいきたいと思います」


 これから一年間は高校の最上級生としての生活が始まるのを実感する日になったのかもしれない。


 卒業生の答辞が読まれてからはすぐに合唱が始まるので在校生も起立する。


 歌うのは『蛍の光』と『仰げば尊し』という話をしているのが見えた。


 ほんとうは普通に定番曲の方がいいなと話していたらしい。

 わたしは歌詞をあまり覚えてなかったので、わたしは小声で歌っていた。





 卒業生が終わって、校庭には卒業生が最後の時間を過ごしているのが見えた。

 二年生も各自の教室で学活を行い、下校を始めたばかりだ。


「先輩に色紙、渡せてよかった……」

「日菜。よかったね」

「うん」


 泣いて少し赤くなっている目を細めながらうなずいている。

 三年生が卒業して、二年生は本格的に最上級生としての生活がスタートしたことになる。


「これから、一年生たちと過ごすのか~。なんか寂しいな」

「でも、バイト先とかが一緒なら会えると思うよ」

「そうだね。来週は沖縄だし、とても楽しみ」


 話題は卒業式から来週行くことになっている修学旅行のことについてだったんだ。

 そろそろ荷物をまとめないと間に合わないと感じている。


 私服はすでに買っているのを詰め込んでいるので、ある程度おしゃれな服を詰め込めたと思う。


 修学旅行は中三日が私服で初日と最終日が制服ってことになっている。

 三日分の私服とホテルで夕食を食べるときに着るものは適当にしておけばいいのかもしれない。


 荷物を修学旅行の期間前に発送するためにキャリーケースを学校まで持って行かないといけないんだ。

 わたしは父さんに学校の近くまで車で送ってもらえることになっているの。


「荷物というか、普通に四泊五日ってすごいよね」

「うん。楽しみだね」


 駅の改札を入ると、父さんにこれから帰るというメッセージを入れて帰ることにした。

 わたしは電車に乗って帰ることにして、しばらくして父さんから返信が来ていた。


『これから作るから、気をつけてね』


 修学旅行ではかなでさんからおみやげを頼まれているけど、思い切りかわいいものでもいいのかなと考えている。

 彼とも横浜にデートをして以来会っていない。


 また会いたいけど、会えるのは春休みになってしまったのでそれまではメッセージとかでやり取りで会うのも楽しみにしている。


 そして、高校生活の一大イベントが翌週に始まる。

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